
『月を見る』ー水月ー
月が正面に見える座敷の縁側に机を置き、ススキと団子を供えて十五夜の月を静かに愛でる。そんな亭主だった。今まで見た月の中でも一番良いと気に入っていた。
亭主の好みは少し雲がかかり、月を撫でる雲の姿も愉しむこと。雲一つない夜空の月は明るすぎると言っていた。十五夜の月といっても毎年見られる訳でもなく、曇りや雨の時もある。仕事が立て込んでゆっくり眺められない時もある。
亭主の好きな月は満月に限らず、満ち欠けする月も、日中の青空に白く浮き立つ月も好きだった。新月の暗闇でさえ、明日から昇る月を想像しながら闇の中を散歩していた。
その亭主も代を譲るとすっかり姿を見なくなった。今の主(あるじ)は、以前と同じように縁側に机を置きススキと団子を供えるが、座敷の障子を閉め、月見を口実に仲間と宴会を催している。障子の隙間から漏れる騒がしい光、ここ数年で慣れては来たものの、先代を懐かしく偲んでしまう。宴会もひと段落し座敷を片付ける音が聞こえてきた。
そこの明かりが消え静寂が辺りを包むと、雲間から徐々に満月が姿を現してきた。障子が静かに開くと今の主が机の前に座り、フッと息を吐いた。花瓶に生けられたススキの穂が微かに揺れる。
「今日の月は一段と面白いなあ!」
と独り言を呟き始めた。まだ酔いの冷めない顔つきで空を見上げこちらに目を向ける。
「水月か」
水面に映る満月と天空の満月、その月を雲の帯が撫でながら半分覆うと、その雲も月の光で明るくなった。
「上の月と、下の月。贅沢じゃないか!」
この亭主も段々その良さが分かり始めたらしい。
水面の月が少しだけ揺らめいている。
「アメンボか。明日の朝飯に丁度良い!」
代々の亭主を見守ってきた池の主(ぬし)は、そう独りごちて水底へ消えた。