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【ピリカ文庫】 ふたりの約束

    濃い目のハイボールをぐっと飲み干し、さりげなく声にした。
    「来週は小豆島?」

    「うん」
    白のコットンシャツの海音うみねは、サーモンのカルパッチョをつつきながら頷く。
    そして、数秒。それに続く言葉は、なかった。

    店に流れる曲は「ホテル・カルフォルニア」

    Welcome to the Hotel California,
    Such a lovely place,
    Such a lovely face

    僕は、少しだけうつむく。

         ・・・・・

    僕らが出会ったのは、2018年の秋。
    卒業10周年の同窓会だった。

    「久しぶりね、榊さかき君。相変わらずで」

    どう相変わらずなのか、僕は確かめることもできず、ただ声をかけてもらえたことを嬉しく思う。

    「おお、海音も相変わらずだな」
    意味不明な言葉で返す。

    その帰り道から、今日という日まで、僕は海音の近くにいることができた。
    僕の高校三年間の想いが、届いたのだ。

         ・・・・・

    高松空港へ降り立ち、そのまま琴空きんくうバスに乗り約40分、高松港へ直行。小豆島池田港行きのフェリー切符を買う。
    虹とパンダマークの可愛らしい「第一こくさい丸」できっかり30分。オレンジの屋根のオブジェが目立つ、ターミナルに降りる。
    風光る小豆島の港。特産のオリーブの葉が、揺れる。

    エンジェルロードに一番近い港は、ここではない。
    万が一のことを考え、僕は少し離れた港を選び、ほど近い国民宿舎に宿をとったのだ。ここならば、海音に見つかることはきっとない。

    明日5月5日、潮が引き、エンジェルロードが姿を現し始めるのは、午前5時過ぎ。それから約6時間後の午前11時には、その天使の砂州は再び海に消える。
    海音は恐らく、午前5時前には姿を現すだろう。

    宿舎から車を借り、下見を兼ねて小豆島を走ってみた。豊かで暮らしやすい島であることを、すぐに知る。
    なだらかな稜線も、5月の新緑を纏って美しく、オリーブの木がそこここに植えられた道からの風も、心地よい。
    海音の父親の故郷であるこの島に、恐らく、海音は幼い頃から来ていたのだろう。

    ふと、海音のワンルームのベランダにある、オリーブの鉢を思い出す。


    あの夜、海音は淡々と話しをした。

    パパはね、私の誕生日に亡くなったの。
    だからね、私の誕生日は、パパの命日なんだ。

    ん? そうだよ、突然いなくなっちゃったの、ママと私の前から。

    え? ママ?
    ママはね、私の大学卒業と同時に、パパと私を卒業したの。
    ママはものすごく寂しがり屋だからね、男のひといないとダメなのよ。
    私は引き止めなかった。
    ママにはママの人生を生きてほしかったから。
    うん、もう日本にはいないの。

    だから、その年から毎年、パパの命日にそこに行くことにしてるんだ。
    一年ぶんの自分の報告をしに。
    だから、ごめんね。
    誕生日、昇のぼるとは一緒にいられない。


    それから4年、僕は、海音の誕生日を一緒に過ごしたことはなかった。
    でも、今年は違う。

    翌日は、朝4時に起き、身支度をした。
    砂州が現れる所までは車で15分程。海岸入口手前の港に車を止める。
    右側に広がっている海岸にいれば、潮の満ち引きの様子がよく見えることは、昨日確認した。

    空は徐々に明るさを増し、輝いていた星たちが、ひとつ、またひとつと消えていく。
    エンジェルロードは、小豆島の人気スポットのひとつだ。午前4時半を過ぎる頃から、観光客と思われる人々がぽつぽつと姿を現した。
    僕は、しっかりと砂浜の入口を見つめる。

    午前4時50分。
    見慣れたシルエットの女性が現れた。海音だ。

    白のコットンシャツにジーンズ。手に持っているのは? 
    僕は、目を凝らす。
    花束だった。
    海音は、真っすぐに足を進める。

    僕の目の前の砂浜の波が、少しずつ引いていく。
    目を遠くに移すと、それまで静かなさざ波だけだった所に、変化が起きた。

    まるで舞台の幕が少しずつ開ひらくように、波は左右に割れていき、そこにベージュの砂地が姿を現し始める。
    神々しい。



    砂州はいつの間にか、数メートルの広さになっていた。
    海は昇りゆく朝陽に照らされ、碧あおの色を増していき、その中に広がっていく天使の道の美しさに、僕は目を奪われ、言葉を失う。

    そのランウェイを、海音は、ゆっくりゆっくりと、進む。
    僕の頭の上では、小鳥たちが、朝の囀りをしている。

    向かいの小島に行き着いた海音は、波打ち際にある岩に腰をかけた。
    視線は、小島の上の緑の木々に向く。


    パパはね、毎年、私の誕生日にエンジェルロードに連れて行ってくれたの。
    そこはね、時間が来ると、海の中に道ができるの。
    小さなころは、いつも驚いたよ、私。
    だって、まるで神様の魔法みたいなんだもの。

    「海音、ここでパパはママに、結婚を申し込んだんだ。そして、次のママの誕生日にふたりだけで結婚式を挙げたんだよ。
     だからね、海音。大人になって、このひとなら大丈夫って思えるひとができたら、二人でここに来なさい。
     パパは二人の幸せの祈りを、ここに置いておくからね」

    パパは、私の頭を撫でたわ。
    「わかったかい? パパと海音、ふたりの約束だよ」

    だけどね、その日に、帰らぬひとになっちゃった。
    私の15歳の誕生日の日に。

    そのときから、パパはね、私の、私だけの神様なの。


    海音、君は今、何を考えているんだい?
    ひとりで、そこに座って。

    僕は立ち上がり、歩き始める。

    ずっと待たせたね、ごめん。
    ようやく、海音をちゃんと守れるだけのひとに、僕はなれそうだよ。
    先月、僕の写真を気に入ってくれたクライアントが現れたんだ。
    そう、そこの専属になれる。
    もう心配をかけることもなくなったんだ。

    僕は、エンジェルロードを進む。海音だけを見つめながら。

    うつむいていた海音が、顔をあげる。
    岩から、立ちあがる。
    左手には、花束。
    カールした髪が、風にそよぐ。

    あと20メートル。
    「海音」
    僕は心で叫ぶ。

    その叫びに呼応するように、海音は、こちらに目を移す。
    僕と、視線が合う。

    「うそでしょう?」
    小さく呟く。
    海音の顔はみるみる歪み、崩れる。


    「誕生日おめでとう、海音。
     ようやく迎えにこられたよ」

    海音は静かに頷いた。
    僕は海音の手を握り、そして、抱きしめた。

    潮が満ち始めた道を、ふたりで進む。
    そして、半なかほどのところで、海音は持っていた花束を砂の上に置いた。

    花束に砂をかけ、その砂を愛おしむように両手で包み込む。

    「パパ。海音に、だいじなひとができたよ。
     約束、よろしくね」


    エンジェルロードは、そのうちに姿を消し、置かれた花束も、静かに波間に消えていった。
    僕は、海音の手をしっかりと握った。


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         ・・・・・


    「ピリカ文庫」一周年おめでとうございます。
    そして、一年ぶりのご依頼をいただきました。
    お題は「誕生日」。

    今回は、ざっくりと2000文字とのことでしたが、すみません💦
    2600文字程になってしまいました。

    前回の「タツナミソウ」800文字とは大違い、約3倍のボリュームです。
    (「新版・タツナミソウ」でも1692文字でした)
    ピリカさん、ご承諾ありがとうございました。


    実は、このストーリー、最初は、海音目線で書き始めたのです。
    ただ、途中から、昇のイメージが、どんどんこーたさんに重なってきてしまって。
    どうしても書き直したくなり、昇目線の出来上がりとなりました。

    恐れ入りますが、できましたら、こーたさんに朗読をお願いしたいなあと思っております。

    そして、文中の一文。
    「パパはね、私の、私だけの神様なの」

    これは、私のことでもあります。
    ちょこっと織り交ぜました。

    今は、俳句に時間を割くことが多いのですが、やはり散文を書くことも、また、読むことも好きだと、今回のことで再確認をいたしました。

    これから「夏ピリカグランプリ」も始まります。
    気を引き締め直して、前に進みたいと思います。

    読んでくださったみなさま、ありがとうございました。

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