
「ワインとは、感動を瓶に詰めたもの」|フランス・ソムリエ協会会長 ファブリス・ソミエ Fabrice Sommier 氏が語るソムリエの役割
先日、ヴォルネイで行われた、Elegance de Volnay (エレガンス・ド・ヴォルネイ 2026)の試飲会で、フランス・ソムリエ協会会長のファブリス・ソミエ氏による閉会の挨拶の講演を聞く機会に恵まれた。
MOF(フランス国家最優秀職人章)ソムリエであり、長年三つ星レストラン「ジョルジュ・ブラン」で活躍した彼は、現在、フランスのソムリエを代表する立場として、ワイン文化の継承と次世代の育成に力を注いでいる。
ソムリエとは何か
この日のテーマはヴォルネイだった。しかし、講演を通して彼が伝えたかったのは、「ソムリエとは何か」、そして「ワインとは何か」という哲学だった。
近年、ワインはアルコール度数や分析値、ヴィンテージ評価など、数字で語られることが多い。
しかし彼は、そのような数字だけではワインの本質は見えてこないと言う。
ソムリエの役割とは、評価の高いワインを勧めることではない。
ワインが最も美しく輝く瞬間を見極め、その一本に込められた造り手の思いやテロワールの個性を、お客様へ届けることである。
だからこそ彼は、「偉大なヴィンテージ」が必ずしも最高とは限らないと語った。
難しい年だからこそ生まれる美しさがある。若いうちは閉じていても、時間とともに驚くほど花開くワインがある。
ソムリエに最も必要なのは知識ではなく、「待つことができる力」、つまり忍耐であるという言葉が印象に残った。

ワインと人
そして、講演はさらに深い話へと進む。
同じヴォルネイ、同じヴィンテージ、同じピノ・ノワールであっても、生産者が違えば、そこにはまったく異なる個性が生まれる。
テロワールとは、土壌や気候だけではない。
そこには必ず、一人の人間がいる。
造り手の感性、人柄、心。それらがワインに映し出されるからこそ、一つとして同じワインは存在しないのである。
実は、ファブリス・ソミエ氏自身も、「私がワインを選んだのか、それともワインが私を選んだのか、今でも分からない」と語っている。
幼い頃、祖父の樽蔵で人生最初のテイスティングを経験し、学校の先生から借りた一冊のワインの本との出会いが、彼をこの世界へ導いたという。
その言葉を聞いて、私は自分自身の歩みを重ねた。
私は、ソムリエという仕事からワインの世界に入った。
その世界に魅了され、醸造や栽培、生産者の仕事に関わるようになって約30年。そして現在はブルゴーニュに在住し、現地と日本を結ぶ仕事をしている。
振り返ると、ワインが私をこの地まで運んでくれたように思う。
ワインを通して、醸造、栽培、土壌、地質、歴史、文化、ガストロノミーなど、多くの世界を知った。
そして、その先には必ず人がいた。
ヴィニュロン、ソムリエ、料理人、研究者、輸入業者、愛好家。
一本のワインを囲んで人が集まり、新しい出会いが生まれる。
ワインとは、人と人を結び、文化をつなぎ、人生を豊かにする存在なのだと、私は感じている。

ワインとは、感動を瓶に詰めたもの
講演の最後、ファブリス・ソミエ氏はヴォルネイをこう表現した。
「ヴォルネイとは、ブルゴーニュの夕日を眺めながら、愛する人に口づけをするようなワインである。」
何ともフランス人らしい、美しい表現だ。
そして最後に、こう締めくくった。
「ワインとは、感動を瓶に詰めたものです。」
その一言は、単なる詩的な表現ではない。
一本のワインの中には、テロワールがあり、人があり、時間があり、人生がある。
だからこそ、人はワインに感動する。
私自身もまた、ワインに導かれ、今日まで歩んできた一人である。
だから、この言葉は、静かに、そして深く心に響いた。