
ブルゴーニュから北海道へ─人生を変えたワインの旅 『日経xwoman Terrace』寄稿文
※本記事は、2021年11月10日付『日経xwoman Terrace』に寄稿した記事を転載・改訂したものです。
人の人生には、思いがけない出来事や、流れを大きく変える瞬間が存在する。それは、自分の意思とは無関係に訪れ、時には戸惑いを与え、時には新たな道を示してくれる。私は、幾度かそのような人生の「転機」に立ち会ってきた。否応なく変化を受け入れ、前を向いて進むことでしか得られないものがあることを、身をもって学んできた。
ここでは、フランス・ブルゴーニュでの生活を離れ、思いがけず参加することになった北海道ワイナリー・プロジェクトとの出会い、そしてそこでの経験を通じて得た学びについて記す。
奇跡のような偶然と、人との縁が重なって生まれたプロジェクトは、私自身の人生観をも大きく変えるものとなった。
人生の『転機』について
人生には、『転機』というものがある。
『転機』とはまさに『天気』と同じである。必ずしも自分の意志とは無関係に、周囲の状況が変わり、それによって人生そのものが変わる。風が変わり、雲が変わり、空が変わるように、不可抗力のように訪れるものである。それを受け入れ、共に生きるしかない。自然を生業とする農民たちは、実はそのことをよく知っている。
奇跡のような転機と北海道プロジェクト
私の人生には、時折『奇跡』のような転機が訪れる。
その一つが、フランス・ブルゴーニュの家族経営のブドウ農家を離れ、近隣のブドウ農家が始めた北海道ワイナリープロジェクトに参画したことである。ブルゴーニュの自宅から10キロの村で、ブルゴーニュワインを熟知している日本人を探していたこと自体が奇跡的であった。
このプロジェクトは、フランスの伝統的なブドウ栽培・醸造技術と、日本の勤勉さ・技術力を融合させ、世界レベルのピノ・ノワールを生み出そうという壮大な構想である。フランスやアメリカといった数カ国が関わる、日本におけるワイナリーのスタートアップであった。
厳しい師匠とプロジェクトの勢い
師匠は、ブルゴーニュの名門ブドウ農家に生まれたエティエンヌ・ド・モンティーユである。彼は弁護士としてパリで銀行業務に携わり、国際的なビジネスの場で活躍した後、父親の呼びかけに応じて故郷のブルゴーニュへ戻った。そして、経営的視点をもってワイナリーを再生し、特級畑、1級畑クラスの規模を飛躍的に拡大した。
このようなリーダーの下でのプロジェクトは、まさに猪突猛進の勢いで進んだ。私自身、時に世界制覇を狙うラグビーチームに参加している錯覚を覚えたほどである。大胆な目標設定と確実な実行力によって、地元の公共団体や住民も巻き込みながら、着実に歩みを進めた。
チームワークと成功への鍵
成功の鍵は、地元の人々との協働であった。
函館という土地が、歴史的に国際色が豊かで、新しい挑戦に対して寛容な風土を持っていたことが大きな要因である。テロワールのみならず、地域の人々の気質がプロジェクトと絶妙に合致していた。
私はブルゴーニュ人としての合理的思考により、地元の人々との距離を縮めるため、自身達の弱点をあえて隠さずに開示した。それは、同時にチームの強みを引き出し、効率的にプロジェクトを進めるために効果的だとも考えたからだ。完璧な人などいない。だからこそ、補完し合うチームが大切なのである。エティエンヌや技術責任者のバティスト・パジェス、函館の佐々木賢氏と共に、地域への受益や未来へのビジョンを熱意をもって共有し、少しずつスクラムの輪が広がっていくことになった。
(2025年現在、このプロジェクトとは距離を置いているものの、今もなお心は共にあり、遠くから静かに支え続けている。)