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心霊食堂 旅立ちは 思い出の味で 第31話

     ◆第1話はこちら

    第4章 記憶のしょうが焼き

    1 絶品 ローストビーフ

     カウンターに座っていた八尋はスマホを持っていた手を下ろし、虚脱したように項垂れ深いため息をつく。
    「なんでだよぉ」
     情けない声をもらし、スマホを握ったままカウンターに突っ伏す。
    「おやおや、どうしたんですか? ため息をついて」
     調理場でローストビーフの仕込みをしていた一樹が訊ねる。
     カウンターに突っ伏したまま、八尋は上目遣いで一樹を見上げた。

     フライパンにオリーブオイルを引き、一樹はまんべんなく塩こしょうをすり込んだ牛肉のかたまりを焼き始めた。
     じゅっと肉が焼ける音と、たちまち広がっていく香ばしいにおいに八尋は鼻をひくひくさせた。
     一樹さんが作るローストビーフ、美味いんだろうな。食べてみたいなあ、と頭の隅で思いつつ、八尋は答える。

    「良さそうな仕事を見つけたんで、面接に応募しようと昨日から電話をかけているのに全然電話が繋がらないんです。まるで、僕が面接に行くのを拒否られているみたいで」
     最初は、忙しいと思われる時間帯や休憩時間を配慮して電話をかけていたが、何度かけても繋がらず、今日はなりふりかまわず朝からチャレンジをしているのに、それでも相手先が電話に出る気配はない。
     八尋は恨めしい目つきで握っているスマホを見ながら、今日何度目かのため息をつく。

    「すみません、なかなか仕事が見つからなくて」
     一樹の店でお世話になってから三ヶ月が経とうとしている。
     いつまでも一樹の好意に甘えるわけにもいかず、必死で仕事を探しているのに、いまだ決まらず気持ちは焦るばかり。
     一樹は気にしなくてもいいと言ってくれるが、やはりそうもいかない。
     一樹は手を休めず八尋の話を聞いていた。
     全面、こんがり焼き色がついたお肉をアルミホイルで包み込む。そのまま常温で20分から30分置いておけば、柔らかジューシーな絶品ローストビーフの完成である。

     ああ、できあがったローストビーフを丼にして食べたらうまいだろうなあ。ソースをかけ、てっぺんに生卵をのっけたら最高だ。

     知らず知らずごくりと喉を鳴らし、唾を飲み込む。
    「謝ることはないですよ。仕事はきっと見つかります。だから焦らずにいきましょう」
    「一樹さん……」
    「元気のない八尋くんに、後でローストビーフ丼をご馳走しましょうね」
     一樹の優しさに、八尋は瞳を潤ませた。
    「仕事探し頑張ります! 一樹さんの手伝いも、もちろん頑張ります!」
     落ち込んでいる時に、一樹の優しさは心のオアシス、まさに精神安定剤だ。一樹さんの料理も元気の源。

     優しくて料理上手。性格も良くて癒し効果あり。イケメンでスタイル抜群。霊能力があってお金持ち(下世話な話だが、以前は霊能者として著名人や政財界の大物を顧客にしていたため、相当稼いだらしい)。すべてにおいて完璧な人というのは世の中にはいるものなのだ。
     八尋は改めて一樹の凄さを実感する。
     それに比べて自分は何てちっぽけな存在なのだろう。誰かのために何かしたいと思っても、何も持っていないから何もできない。故に、誰かに頼られることもない。それに何より、会社の面接にすら辿り着けないのだから情けない。
     いくら一樹が気にするなと言ってくれても、やはりいつまでもここにいるわけにはいかない。

    「私のことなら気遣いは無用ですよ。八尋くんがお店を手伝ってくれるので、とても助かっているのだから。だから、ゆっくり自分のやりたいと思う仕事を探すといいでしょう」
     助かると一樹は言うが、実際には八尋の出来る範囲の仕事を与えてくれているだけ。
     気を遣ってくれているのは一樹の方だ。結局、何から何まで世話になりっぱなしで、何ひとつ役に立てていないのが事実。
     料理はできないが、せめて簡単な下準備くらいと思っていたのだが、先日も醤油差しに醤油を入れる作業もきちんとこなしていなかったし、さやえんどうの筋取りもまともにできていなかった状態だ。

    ー 第32話に続くー

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