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心霊食堂 旅立ちは 思い出の味で 第34話

     ◆第1話はこちら

    第4章 記憶のしょうが焼き

    4 なけなしのお金で最高の豚汁

     注文を済ませ、ようやく張り詰めていた肩の力を抜いた。
     カウンターの向こうで料理をする店主をぼんやりと眺める。
     軽やかにネギを切る包丁の音。豚汁が入った鍋の蓋を開けた瞬間放たれる白い湯気と、ふわりと漂う味噌の香り。
     思えば、目の前で誰かが作ってくれた食事をとるのはいつ以来だろう。いつもは、スーパーの安売りの弁当や、インスタント麺で済ませてきた。
     お腹がいっぱいになればそれで満足だったから。

    「おまたせしました。豚汁です」
     しばらくして、あつあつの湯気がたつ器が目の前に置かれた。
    「うまそう」
     と、呟き、たくさんの具と、温かい汁にごくりと唾を飲み込む。
    「いただきます」
     箸をとり、手を合わせる。
     器を持ち、まずは一口汁をすすった。

    「おいしい」
     自然と言葉がこぼれた。
     うわ、まじうまいよ、この豚汁。
     もっとじっくり味わいたいと思ったが、空腹と冷めてしまうのがもったいないという思いで、がっつくように豚汁を食べた。
     器の中身をすべて飲み干し、再び息をつく。
    「ごちそうさまでした」
     きれいに空になった器の底に視線を落とす。
     おいしかった。物足りない。おかわりしたい。もっと食べられたらどんなに幸せだろう。

    「豚汁だけで、お腹いっぱいになりましたか?」
     豚汁を食べ終え、一息ついたタイミングを見計らって、店主が話しかけてきた。
     少しばかり気持ちに余裕ができたこともあって、改めて目の前の店主を見て、馬鹿のように口を開けた。
     とんでもない美形だ。整った容貌に細身だけど均整のとれた肢体。そこはかとなく漂う色気。男くさくなく、かといって女性のような、なよなよしたふうも感じられず、中性的な印象。同性の自分でさえ見とれてしまうほどの色男だ。こういっては何だが、料理人ではなく、モデルや俳優でやっていけるのではないか。
     思わず食い入るように見てしまい、はっと我に返る。

    「え、まあ……ごちそうさまでした」
     恥ずかしそうに頭に手を当て立ち上がった。
     ポケットに手を突っ込み350円を出してレジのトレイに置く。
    「手持ちがあまりなくて」
     と、言ったそばから、なぜこのタイミングでと派手に腹が鳴った。
    「おや」
    「あはは……実はこれから実家に帰るんですけど、そのチケット代でお金が消えちゃって」
    「実家は遠いのですか?」
    「新潟です。田舎のばあちゃんの具合があまりよくないらしくて。いつどうなるか分からないから様子を見に行こうと思って」
    「それは心配ですね。きっと、八尋くんが顔を見せたら、おばあさまも喜ぶでしょう」

     えっと……あれ?

     八尋はぽりぽりと頬をかく。

     僕、この人に名前、名乗ったっけ? いや、言っていないよな。なんで、僕の名前を知ってるんだ? 何か怖いぞ。

     顔を引きつらせている八尋にはかまわず、店主は続けた。
    「ところで、もう少し時間はありますか?」
    「え? はい。時間は全然大丈夫ですが……」
    「なら、何か食べて行きなさい。新潟までは遠いのだからお腹を空かせたままでは辛いでしょう」
    「いや。でも僕、さっきも言ったけど手持ちがなくて」
    「ご馳走しますよ。さあ、もう一度座って」
     半ば強引に引き止められ、再びカウンターに座ることになる。
     八尋はきょとんとしながら、肩をすぼめた。

     ええと、この展開はどうとらえたらいいのだろう。

     戸惑いながら落ち着かない様子で店主を見る。
    「あの……」
     声をかけた八尋は言葉を飲み込む。
     包丁を握り始めた店主が、リズミカルにキャベツを切り始めた。
     乱れることなく一定のリズムで刻む包丁の音が、こんなにも気持ちのよいものだと初めて知った。

     瞬く間にこんもりとしたキャベツの千切りが完成する。
     それからフライパンを握り油をひく。
     温まってきたフライパンから、じゅっ、と何かを焼く音が聞こえてきた。たちまち漂う醤油の香ばしさ、さらに、生姜の爽やかな香り。
     このにおいは肉だ。
     肉の焼くにおいだ。
     八尋はごくりと喉を鳴らした。
     鮮やかな手つきでフライパンをあやつり、焼き上がった肉を、先程切ったきゃべつの千切りの上にどんとのっけた。


    ー 第35話に続くー

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