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介護する人、される人|笑顔で過ごせる未来のためにできること


    認知症の妻に付き添って外来を訪れた日のことです。
    待合室には、それぞれの家族の時間が静かに流れていました。
    隣で待っていたおばあちゃん。
    「私はここでいいの」と言うと、娘さんが「何言ってるの!」と怒鳴って腕を掴んで連れて行ってしまいました。
    どんな事情かは分かりませんが、胸が痛みました。しかし、私は、その家族を責められません。かつて私も、疲れや焦りから妻に声を荒らげてしまったことがあったからです。介護はきれいごとだけでは続きません。疲れが積もれば、言葉は時に刃になります。

    別の日では、会計待ちで「まだかね?」と何度も繰り返すおばあちゃんに「うるさい!」と返す大声に周りはびっくり。
    振り返らず、不機嫌に先に行く娘さんの後を、杖をついたおばあちゃんがよろよろと離れて追う・・・介護する人もされる人もなんだか幸せそうには見えませんでした。

    私たちには2歳半の孫がいます。
    同じことを小さな子どもがやったら「まだ未熟だから」と優しく愛情が向けられるでしょう。けれど、長い人生を生きてきた認知症の人には「どうしてできないの?」と失望がぶつけられ、時には苛立ちが投げつけられる。
    同じ人間なのに、この違いはどこから来るのだろうと胸が締めつけられます。どちらも大切な存在であるはずなのに、その受け止め方の違いに考え込んでしまいます。

    介護とひと口に言っても、夫婦か親か義父母か──立場や環境によって抱える思いはみんな違います。そう考えると、誰にでも通じる答えの定義があるわけではないのだと思います。

    私が考える「未来のためにできること」は、大げさなことではありません。
    「こうあるべき」という目に惑わされず、ただ「今ここにいるこの人」と向き合うこと。できないことを責めるのではなく、できたことを一緒に喜び、笑顔を分かち合うこと。疲れたらサービスを使い、誰かに気持ちを話して、休みながら日々の小さな工夫で心のゆとりを生むこと。
    そして、未来は遠い先のことではなく、今からの積み重ねの中にあるのだと感じます。

    私はよく妻と並んで写真を撮ります。
    「はい、認・知〜ズ!」と言うと、妻はいつも笑ってくれます。
    で、私も笑う。
    こんな些細な笑顔で一日が変わるのだから、続けたら、きっと未来への希望となることでしょう。


    🌱 読んでいただきありがとうございます。
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    #未来のためにできること

     
     
    妻の介護と向き合いながら、会社での仕事も続けています。 気づけば60代半ばになりましたが、今も学びと挑戦の日々です。

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