
BE:FIRSTのダンス沼にはまる
最近の出来事だ。私はYouTubeを浮遊している時に、たまたま見たBE:FIRSTのダンスに射抜かれてしまった。そしてそこから墜落し、沼にはまってしまった。
なにが起きているのだろう。動画を何回も見てしまう。どうしてなのだろう。
抜け出せない私は、沼に潜り、沼の正体を調べてみたくなった。そしてわかったことは、世界でダンスの活躍をしていた経験をもつBE:FIRSTのSOTA(島雄壮大)君が、仲間と共に作り上げた緻密な世界だったという事だ。
詳細を述べると、メロディはヒップホップで表現し、ラップや歌は幅の広い表現方法、そして楽器の音は体のコアの部分で音の質感を表現している。それらを行き来する事によって音楽をダンスで表現することの幅と厚みをだしているという。(BE:FIRST official spacecraft解説動画より)それによって見た事もないものを生み出しているのだ。
特に、最後の楽器の音を表現するために体のコア、体幹を使用し、それをメンバーで揃えて質感を表現するというところが新しい。
私は弓道を学生時代にしていた事がある。弓道は弓を引く腕の部分に注目されがちだが、お腹の下あたりを意識しながら体幹を使って引く。そうする事により力が伝わりやすくなり、力む事なく引くことが可能となり、ブレが生じにくくなる。
解説動画で、SOTA君は機械音や楽器の無機質な感じを表現していると言っていた。ブレが生じにくくなる事により、生身の人間性が排除されていくのかもしれない。そして、メンバーである
SHUNT君は、「力むとシルエットが悪くなるので、内側を使わなければならない。力をいい具合に入れれるようになると疲れにくくなる。」と言っていた。
ダンスを魅せようとすると、息が切れて発声に支障がでてしまう。この事はずっとエンターテイメントの世界で課題になっていたことだと思われる。口パクではなく生歌で、かつダンスでの表現も怠りたくない。コアを使用するという表現方法は新たな道を示すものなのかもしれない。
さらに、ダンスによって音を表現する時に、音の余韻、反響音のようなものも表現しているとSOTA君が言っていた。
「月の裏側」という本で、レヴィストロースは、禅僧の画家である仙厓(せんがい)は、作品の中に自分の個性を表現しようと努めるわけではなく、世界の何かが彼を通して表現されていると述べていた。
音の世界が彼らを通して何かを表現しているようなかんじがするのだ。その事がよく表れている曲がspacecraftなのでぜひみてほしい。
体全体を使った人間的な表現と体の中の部分を使った無機質な表現との曲によるさじ加減が、私が沼から出られない理由だった。
弓道では思考までも止め、無我の境地に入りることが、究極の世界だとされている。
「なにも考えなくていい」
BE:FIRST stare In wanderより