
涙が遅れてやってくる
その昔、学習マンガには夢があった。
ハードカバーの、あの懐かしい赤黒2色印刷。
小学校の図書室でもわりとシリーズが揃っていた。学校で合法的に漫画が読めるというメリットがあったし、なによりも面白かったから。
たとえば宇宙の謎とか、人体のひみつ、さらには忍者について、みたいな感じで、バラエティーに富んでいた。休み時間になると貪るように読んだ。
どの本も歴代の科学キッズに読まれまくってボロボロだった。表紙と裏表紙の厚紙は印刷がはげて、製本の糸が飛び出したりしていた。今でもあの手触りや、読み込まれた本特有の匂いが思い出せる。臭くは無いけれど決していい匂いではない。
僕はそのなかでも恐竜のシリーズがお気に入りで何度も読み返していた。あの頃は同じ本を何度も読むのが普通だった。もちろん選択肢がなければ同じものを読むしかないし、あの頃の僕は今よりもずっとずっと近視眼的だった。
ともかく、そういう男児の例に漏れず、僕も恐竜が好きだったのだ。
今でも覚えているシーンがひとつだけある。
大型の草食恐竜が肉食恐竜に尻尾を齧られているシーン。たぶんステゴザウルスか何かが、ティラノザウルスとかに食べられそうになっているところ。
勢いよくティラノザウルスが噛み付いているけれど、ステゴザウルスは平気な顔をしている、というマンガ調の絵柄だった。
「あれ、どうして噛まれているのに痛がってないの?」過去にタイムスリップしたヒロシ君(仮称)はハカセに尋ねる。
「それはじゃの、恐竜は身体が大きいから痛みが脳に伝わるまでに時間がかかるからじゃよ」
そんな風にハカセが答えた次のコマでは、ステゴザウルスが痛がっている。涙目になっていた。
痛いという感覚が、大きな身体を伝わるのに時間がかかるから、噛まれてしばらくは痛く無い。そして時間が経ってから「痛い」と感じるのだ。そんな説明が書いてあった。ハカセの言う通りだ。
さらに腰のあたりに第二の脳があって、そこで感覚を中継するとも書いてあった記憶がある。本当かどうかは分からない。最新の学説ではどうなってるのかしらん、なんてことをときどき思ったりもする。
身体が大きいからそうだというなら、僕だってそうかもしれない。
僕はホモサピエンスとしては大きめで、体長がおよそ3メートルほどあるから、怒りも悲しみも遅れてやってくる。喜びも遅いし、感動も遅い。
そういう感情はちゃんとある、でも遅い。
その瞬間に感情が爆発すればいいのに。
それはわかっているけれど、そのときはそのときで精一杯だったりする。だから例えば、侮辱されても瞬間的に怒ることができない。
ライブを見た時もそうだった。もっと音楽に浸ればよかったのに、味わえばよかったのに、と後から思う。もちろんすごく良いライブだったのだけど、こういうときの僕ときたら変に冷めて、十分に楽しみきれていなかったんじゃないか、という反省の余地がある。熱狂を必要とするときに熱狂できないで後悔することばかりだ。
翌日になってセットリストの曲を聴きなおしていたら、急に涙が溢れてきた。もしかしたら脳に伝わるまでに丸一日くらいかかったのかもしれない。僕はそれくらい時間がかかるのかもしれない。