
それはまるで熊のように
妻の実家では熊を飼っていた。
いや、ごめんなさい。
嘘です。
さすがに断言してしまうと嘘になるけれど、熊っぽい動物を飼っていた、と書くのであればその命題は真になる。
いくら自由なnoteとはいえども、さすがに嘘ばっかりを書くわけにはいかない。僕は嘘をつくのは望んでいない。むしろ僕はこのポストトゥルースの世界、すなわち嘘ばっかりのインターネッツワールドにおいて、己の誠実さを武器に、細々とサヴァイブしていきたい。そして、できれば苦労しないカタチで濡れ手に粟の莫大な利益を得たいなと日頃から思っているのです。
妻の実家で飼っていたのは、実際には真っ黒なラブラドールレトリーバーだった。ちょっぴり弱気な顔をしていた。弱気な顔というのは、優しそうな顔、とも言い換えることができる。
実際に優しい犬だった。
もともとレトリーバーはヒトに優しいというけれど、当時、僕の娘が幼児特有の無茶な絡み方、例えば背中に乗るとか、尻尾を引っ張るなんてことをしても、決して怒ったりしなかった。嫌な顔ひとつしなかったかはわからないけれど、もともと何もしなくても困ったような顔をしているように見えた。優しい動物は、往々にして困ったような顔をしている。
そして丸々と太っていた。慣用句としての“まるまると太る”という言葉は知識では分かっていたけれど、これほどまでに丸々と太ることができるとは、と思うほどに丸々としていた。“丸々”のイデア。
首から腰までに一切のくびれがない、流線型のフォルムをしていた。どちらかというと、陸上よりも水中で実力を発揮するタイプに見えた。しかし噂によると川で流されかけて、もう少しで帰らぬイヌになるところだったという。ヒトもイヌも見かけにはよらないものですね。
そしてとにかく巨大だった。巨大な犬と書いて巨犬。立ち上がればもはや熊だった。
いわばジェネリック熊。後発品ではありますが見た目はまったく同じだという。
昨今の状況から笑い話にはしにくいけれど、散歩させていると、通行人からギョッとされたという。
あの驚き方は明らかに熊と誤認したようだと義父は語る。
そこまで巨大になるには、眠れない夜もあったんじゃないかな。弛まぬ努力があったんじゃないかなと、他人(他犬)ながら想像する。
とにかくよく食べる犬だった。巨大な体躯に似つかわしい大きなご飯皿に山盛りのドッグフードをもりもり食べていた。
ニンゲンが何か食べていると、お座りのポーズをして尋常じゃない量のよだれを垂らしていた。よだれで作られた池に、月の明かりが反射していた。