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第一章 介護保険制度は何を目指しているのか

    「揉んでほしい」の先にあるもの

    訪問リハビリテーションや通所リハビリテーションの現場で利用者と関わっていると、こんな言葉を耳にすることがある。

    「肩を揉んでほしい」
    「腰をさすってほしい」
    「気持ちよくしてほしい」

    こうした要望は、決して特別なものではない。
    痛みがある。身体が重い。思うように動けない。だから、少しでも楽になりたい。

    その思いは、ごく自然なものだろう。

    実際、痛みを軽減することが活動量の増加につながる場合もある。身体のつらさが和らぐことで、外出や趣味活動に再び取り組めるようになる人もいる。

    だからこそ、利用者の訴えに耳を傾け、その背景にある問題を理解することは、専門職として欠かせない。

    しかし、現場で利用者と関わるなかで、私は時折、ある疑問を抱くことがある。

    私たちが提供しているサービスと、介護保険制度が本来目指しているものは、同じ方向を向いているのだろうか。

    例えば、腰の痛みを訴える利用者がいるとする。

    本人はマッサージを希望している。一方、専門職は、痛みの状態を評価したうえで、立ち上がりや歩行の練習、自宅での運動などを提案する。

    本人にとっては、今ある痛みを和らげることが最も切実な課題かもしれない。

    専門職にとっては、痛みの軽減に加えて、自分で買い物に行けることや、家族と外出できることも重要な目標になる。

    ここで考えたいのは、どちらの考え方が正しいのかという問題ではない。

    痛みを和らげることと、自分らしい生活を実現することは、必ずしも対立するものではないからだ。

    むしろ重要なのは、目の前の要望を、本人が望む生活とどのように結び付けていくかということである。

    そして、この問いは、個々のリハビリテーションの進め方だけにとどまらない。

    介護保険制度そのものが何を目指しているのか、という根本的な問題につながっていく。

    介護保険制度の基本理念

    介護保険制度は、2000年に始まった社会保険制度である。

    介護保険法第1条では、制度の目的として、要介護状態となった人などが尊厳を保持し、その有する能力に応じて自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービスや福祉サービスに係る給付を行うことなどが定められている。

    また、同法第2条第2項では、保険給付は要介護状態等の軽減や悪化の防止に資するよう行われること、第3項では、利用者の選択やサービス間の連携などに配慮し、可能な限りその居宅において自立した日常生活を営めるようにすることなどが定められている。

    つまり、介護保険制度は、単に必要な介護サービスを提供するためだけの仕組みではない。

    本人の尊厳を守り、その人が持つ能力や生活環境に応じて、できる限り自立した日常生活を営めるように支援することも、制度の重要な目的なのである。

    ここでいう自立は、誰の手も借りずに生活することだけを意味しない。

    必要なサービスを利用し、家族や地域の人々とつながりながら生活することも、その人らしい自立した暮らしの一つとして考えられる。

    大切なのは、支援を受けること自体を問題にするのではなく、支援を通じて本人の生活をどのように支えるかという視点だ。

    例えば、着替えに介助が必要な人がいるとする。

    すべてを介助者が行えば、着替えは短時間で終わるかもしれない。

    しかし、本人ができる動作まで奪ってしまえば、残された能力を活用する機会も失われる可能性がある。

    一方、本人の状態を評価し、できる部分は本人に任せ、難しい部分を支援すれば、残存能力を活用しながら生活を続けられるかもしれない。

    もちろん、本人の状態や安全性、疲労などを考慮する必要はある。

    それでも、支援の目的を「できないことを代わりに行うこと」だけに置くのではなく、「できることを生かし、その人らしい生活を支えること」にも置く視点は重要である。

    身体機能の改善がゴールではない

    私たち理学療法士は、利用者の身体機能を評価している。

    では、本人が望んでいる生活を、どこまで把握できているだろうか。

    歩行速度や筋力の改善を記録していても、本人が何をしたいのか、何に困っているのか、その変化を生活の中で実感できているのかを確認できているだろうか。

    例えば、歩行能力が改善しても、自宅の玄関に段差があり、外出する機会が増えなければ、生活上の変化は限定的かもしれない。

    筋力が向上しても、本人が外出する目的や楽しみを持てなければ、活動の幅は広がらない可能性がある。

    反対に、身体機能の改善が大きくなくても、手すりの設置や福祉用具の活用、家族の支援によって、買い物や地域活動への参加が可能になることもある。

    つまり、身体機能は重要だが、それだけで生活の成果を測ることはできない。

    • 一人で買い物に行ける。

    • 友人との交流を続けられる。

    • 趣味の活動に参加できる。

    • 自分でできる家事を続けられる。

    • 住み慣れた地域で暮らし続けられる。

    こうした変化も、本人にとって大切な成果である。

    世界保健機関(WHO)のICF(国際生活機能分類)は、健康状態だけでなく、「心身機能・身体構造」「活動」「参加」からなる生活機能と、それらに影響する環境因子や個人因子などを含めて、人の生活機能を捉える枠組みを示している。

    この考え方に立てば、専門職が問うべきなのは「歩けるようになったか」だけではない。

    「歩けるようになったことで、本人の生活はどう変わったのか」

    そして、

    「本人は、どのような生活を実現したいと考えているのか」

    という問いが重要になる。

    理念と現実の間にあるもの

    ここで、最初の疑問に戻りたい。

    介護保険制度は、自立した日常生活を支えることを目的の一つとしている。
    しかし、利用者がサービスに期待することと、専門職が支援を通じて実現したいことの間には、認識の違いが生じる場合もある。

    利用者は痛みの軽減を求めている。

    専門職は、痛みへの対応に加えて、活動や社会参加の拡大を目指している。

    この違いを、利用者の理解不足として片付けることは適切ではない。

    利用者にとって、介護保険制度は必要なサービスを利用するための仕組みとして認識されているかもしれない。制度の理念や政策的な背景まで理解していなければならない、と一方的に求めることもできないだろう。

    むしろ考えるべきなのは、制度が目指す方向性を、利用者が納得できる形で共有できているかという問題である。

    本人の希望を出発点としながら、必要な支援の意味を説明し、生活上の目標を一緒に考える。

    その過程を通じて、本人と支援者が共通の目標を持つことができるのではないだろうか。

    そして、ここから次の問いが生まれる。

    介護保険制度には、自立した日常生活を支えるという理念がある。

    しかし、その理念が制度の中に掲げられているだけで、利用者や家族、そして現場の専門職に十分に共有されているとは限らない。

    制度をつくることと、その理念が現場で実践されることの間には、何が必要なのだろうか。

    そして、制度の理念を伝える責任は、日々利用者と向き合う専門職だけが担うものなのだろうか。

    次章では、制度をつくる側と、現場で支援を提供する側の役割について考えたい。

     
     
    理学療法士として回復期病棟の運営に携わり、自立支援ケアマネジメント会議で助言者として活動。家屋評価や転倒予防の実践知を、在宅生活を守るためにわかりやすく、リハビリテーション×〇〇として様々な観点で発信します。

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