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あなたの涙、流しませんか?に行きついた理由 |チャンスのヒントより考察|なんのはなしですか

    あでぃさんの「チャンスのヒント」を読んで、
    改めて自分の音楽活動について考えてみました。

    (4300文字・・)

    #なんのはなしですか

    今回の記事に出てきた、

    ターゲット・ペルソナ・コンセプト

    という言葉。

    私がこのような記事を書くのは相当珍しいです。

    うぅ、わかっちゃいるけど、耳が痛い・・・・
    そんな感じで。でも避けては通れない話 笑

    マーケティングではよく聞く言葉だけれど、
    いざ自分の音楽活動に置き換えてみると、
    なかなか簡単には答えが出ませんでした。

    でも、自分がこれまで創ってきた曲を一曲ずつ思い返してみたら、
    少しずつ見えてきたものがありました。

    曲によって、届けたい人が違う

    まず「ターゲットは誰?」と考えてみました。
    でも、ここで早速つまずきました。

    私の曲って、
    1曲1曲、届けたい人が違う事にも気づく。

    『平和の樹の下で』
    義父から聴き取った戦争の話をもとに、
    ナイチャー嫁である私の視点から
    平和な未来を作っていきたい
    そんな想いを創った曲です。
    もし6月23日に沖縄で歌える事が当面の目標。


    『うりずんの風』
    亡くなった義母への想いを綴った歌です。
    ナイチャー嫁の私が沖縄に嫁いできて、うまくいかないことがあるたび、
    「お義母さんだったらどうするんだろう」
    「どう振る舞うのが正解なんだろう」
    と、私はずっと「正解」を探していました。

    『おじいと私の三線ブギ』。
    ナイチャー嫁の私が、義父に「三線を教えてよ~」と言っても、
    なかなか教えてくれない。
    体力的に教えられなかったのか。それとも、
    そもそもめんどくさくなったのか。
    「教える事は何もないさ~」とよく言っていた事を
    思い出して書いた曲。
    いつも私の「三線教えてよ~」という言葉を
    うわの空で聴いていた義父とのコミュニケーションを
    ブギにしてみました。

    『う〜まくぅはどこだ』
    これは朝から子どもとかくれんぼをしている
    沖縄で暮らす我が家の日常を歌った曲。
    沖縄の新しい数え歌として広まってほしいな。
    幼い子を育児中のママ・パパに届けたいと思って創りました。
    もしかしたら、孫育てされているおばあちゃまや、
    懐かしんでくれる世代の方にも響くかもしれない。

    『ママと歩く道』
    子どもが2歳くらいの頃に創った曲です。
    子どもから見たママ。ママから見た子ども。
    その両方の目線を歌っている曲。
    (作詞はおかぐちや源太さん)

    『ブーゲンビリアに魅せられて』。
    ナイチャーだった私が沖縄に来て、
    夫と出会い、結婚するまでの心情を綴った曲。

    『私のBLUE』
    私はずっと、「私の過去はBLUEだ」と思っていました。
    そのBLUEを、そろそろ解き放ってもいいんじゃないか。
    そんなところから生まれた曲です。
    この曲は性別に関係なく、
    過去に挫折した経験のある人に届けたいと思っています。

    そして、
    『涙雨のむこうで』。
    私自身の流産の経験から生まれた曲です。
    あのときの私は、自分を責めました。
    だからこの曲は、同じように自分を責めてしまっているママの背中を、
    ほんの少し押せたらと思って創りました。

    こうして並べてみると、
    やっぱり全部違って見えるけど、

    見えてきた3つのキーワード

    じゃあ、
    私の音楽のターゲットは誰なんだろう。

    改めて考えてみても、「この人です」と一人に絞ることは、
    今の私にはまだできません。

    でも、これまで創ってきた曲を
    こうやって並べてみたことで、

    何度も出てくる3つのキーワードがあることに
    気づきました。

    ナイチャー・沖縄・ママ

    私は京都で生まれ育ち、沖縄にやってきました。
    だから私が歌う「沖縄」は、
    ずっと沖縄で生きてきた人から見える沖縄とは、
    きっと少し違います。

    沖縄に来たからこそ、
    初めて知ったこと。

    分からなかったこと。
    戸惑ったこと。
    沖縄の家族の中に入ったからこそ、考えたこと。

    そして、
    それでもこの場所で暮らしていく中で
    大切になっていったもの。

    そんなナイチャーとして見てきた沖縄が、
    私の歌には何度も出てきます。

    『平和の樹の下で』も、
    『うりずんの風』も、
    『おじいと私の三線ブギ』も、
    『ブーゲンビリアに魅せられて』も、

    考えてみれば、
    そこから生まれた歌でした。

    そして、もうひとつが、

    「ママ」
    『う〜まくぅはどこだ』も、
    『ママと歩く道』も、
    『涙雨のむこうで』も、
    母になってから経験したことや、
    子どもとの暮らしの中で感じたことから
    生まれています。

    私は最初から、
    「ナイチャーをターゲットにしよう」
    「沖縄をテーマにしよう」
    「ママに向けて歌を創ろう」

    と決めて、
    曲を創ってきたわけではありません。

    自分の人生の中で
    心が動いたことを歌にしてきたら、
    気づけばそこに

    ナイチャー。沖縄。ママ。

    という3つの言葉が
    何度も現れていました。

    もしかするとこれは、
    「誰をターゲットにするか」という話よりも、

    私がどこに立って、
    何を見て、何を歌ってきた人なのか。

    ということなのかもしれません。

    ターゲットは、
    まだはっきりとは分からない。

    でも、

    私は「ナイチャー・沖縄・ママ」という場所から、
    歌を創ってきた。

    そこは今回、
    自分の曲を振り返ってみて
    初めてはっきり見えてきたことでした。

    「あなたの涙、流しませんか?」を、拒んできた私

    今、私は、

    「あなたの涙、流しませんか?」

    という言葉を今は
    活動のコンセプトとして掲げていますが、
    ここに行きつくまでは紆余曲折ありました。

    というより、

    私はこの言葉を、相当拒んできました。

    理由はシンプルです。私は、

    涙だけを流すための歌を創りたいわけじゃない。と思っていたから。

    そして、もうひとつ。私の歌で、万人の人が泣けるわけではない。

    私が経験した悲しみは、私のものです。
    私が苦しかったことも、私が流した涙も、
    私の人生の中にあるもの。

    それを歌ったからといって、
    全員が同じように感じるわけではありません。

    だから、「涙」を自分の活動の真ん中に置くことに、
    ずっと違和感がありました。

    実際に、目の前で流れた涙

    そんなふうに、
    「涙」を活動の真ん中に置くことを
    ずっと拒んできた私ですが、

    実際に私の歌を聴いて
    涙を流してくれる人の姿を目の前にして、
    少しずつ考え方が変わっていきました。

    その中でも、
    今も強く心に残っている出来事があります。

    コロムの無料ライブで、
    あるアーティストの方と共演したときのこと。
    私はその日、
    『涙雨のむこうで』を弾き語りしました。

    演奏を終えて、ふとその方の画面を見ると、

    泣かれてました。

    同じように音楽を創り、
    同じようにステージに立って、
    誰かに何かを届けているアーティストの方が、

    私の歌を聴いて、
    目の前で涙を流してくれていた。

    その姿は、
    とても私の胸を打ちました。

    私が経験したことから生まれた歌が、
    誰かの中にある琴線に触れた。

    そのことだけは、
    目の前に流れている涙声から伝わってきました。

    そして、もう一つ、先日リアルライブをした時に
    「平和の樹の下で」を歌い終わって、
    抱きしめてくれた沖縄の方がいらっしゃいました。

    そんな事の繰り返しで、
    「あなたの涙、流しませんか?」を
    少しずつ受け入れてこれたのだと思う。

    「う〜まくぅはどこだ」で泣いた人がいた

    6月23日に開催したライブ
    「慰霊の日のライブ」

    そこで私は、新曲として
    『う〜まく〜はどこだ』を歌いました。

    この曲は、
    子どもと朝からかくれんぼをしている様子を
    歌った曲です。

    悲しい歌では決してありません。

    ましてや、「この曲で泣いてもらおう」
    なんて考えて創った歌でもありませんでした。

    ところがライブが終わったあとのアンケートで、
    「『う〜まくぅはどこだ』で泣きました」
    と言ってくれた人が、何人かいました。

    そこだったの~??と私は少し驚きました。

    自分の子どもが小さかった頃を、
    思い出したのかもしれない。

    今、一緒にいる子どものことを
    思ったのかもしれない。

    自分自身の子ども時代かもしれない。

    もう戻ることのできない、
    大切な時間を思い出したのかもしれない。

    それは、その人にしか分からないことです。

    でも、この出来事から、
    少しずつ分かってきたことがありました。

    私の歌で、泣いてもらうんじゃない

    私はずっと、

    「私の歌で万人が泣けるわけではない」

    と思っていました。

    それは今でも、
    その通りだと思っています。

    でも、そもそも私は、

    私の歌で誰かを泣かせる必要なんてなかった
    のかもしれません。

    私の歌を聴いて、
    その人の中にある記憶が動く。
    忘れていた誰かを思い出す。
    子どもとの時間を思い出す。
    家族との関係を思い出す。
    挫折した自分を思い出す。
    ずっと蓋をしていた感情に触れる。

    だから、
    同じ歌を聴いていても、

    懐かしくなる人がいていい。
    考え込む人がいていい。
    そして、泣く人がいてもいい。

    『う〜まくぅはどこだ』で流れた涙は、
    私の涙ではありません。

    その人自身の涙だった。

    そう考えたとき、ずっと拒んできた

    「あなたの涙、流しませんか?」

    という言葉の意味が、少し変わりました。

    曲のターゲットも、ペルソナも違っていいのかもしれない・・

    今回、ターゲットとペルソナについて考えてみて、
    今の私なりに出た答えがあります。

    私は、
    すべての曲を同じ人に届けようとしていない。

    『平和の樹の下で』を届けたい人と、
    『ママと歩く道』を届けたい人。
    『私のBLUE』を届けたい人と、
    『涙雨のむこうで』を届けたい人。

    それぞれ違っていい。

    曲ごとに、

    「この歌を、誰に手渡したいのか」

    を考える。

    そして、その人が今、どんな場所にいて、
    どんな気持ちを抱えているのかを想像する。

    それが今の私にとっての、
    ターゲットやペルソナなのかも。

    八風として帰ってくる場所

    曲によって、テーマは違うし、
    ターゲットも違う。ペルソナも違う。
    曲そのもののコンセプトだって違う。

    それでも、
    八風として歌を創るときに

    「あなたの涙、流しませんか?」

    それは、「私の歌で泣いてください」
    という意味ではありません。

    私の人生を理解してほしい、
    という意味でもありません。

    私の歌を入り口にして、
    あなたが、あなた自身の感情に寄り添う。

    懐かしんでもいい。
    怒ってもいい。
    寂しくなってもいい。
    そして、
    涙が出てきたら、
    その涙を無理に止めなくてもいい。

    そこまで考えて、ようやく私は、

    「あなたの涙、流しませんか?」

    という言葉を、
    少しずつ自分のものとして
    受け入れられるようになったのだと思います。

    ターゲット。
    ペルソナ。
    コンセプト。

    マーケティングの言葉として考え始めたはずなのに、

    気づけば、

    私は何のために歌を創っているんだろう。

    というところまで戻ってきました。

    私は曲によって、
    届けたい「あなた」は変わる。

    でも私はこれからも、

    「あなたの涙、流しませんか?」をコンセプトは
    ぶらさずに、歌を歌っていきたいと思っている。

    今週はなんのはなしですか週間だったのに、
    1本しか出せなかった~~~~。
    というか今日思い出さなかったら、0本でした。
    でも一本の大作になりました><


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    #なんのはなしです歌


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