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短編小説 星のおとしもの

     九千年前、メキシコの夜空に、星が落ちた。
     それは、人々が知るどんな流星とも違っていた。

     長い尾を引きながら静かに空を横切り、音もなく大地に降り立つと、まるで深い眠りにつくようにそこに横たわっていた。

     翌朝、村の子どもたちが見つけたのは、見たこともない大きな実だった。何枚もの柔らかな葉に包まれた、黄金色の穂。甘い香りを放つその姿を見て、村の老婆は呟くように言った。

    「星のおとしものだよ」

     その名は、神話として静かに、長く語り継がれることになった。

        ※              ※

     トウモロコシという植物は、どこか不思議だ。何百もの粒を実らせるのに、自分一人の力では子孫を残せない。厚い皮に包まれたまま、地面に落ちることもなく、人が手を貸さなければ一代で途絶えてしまう。

     それなのに、一度土に根を下ろせば、どんなときも人間を裏切らない。
     粉にすればパンになり、煮れば温かなスープになる。焼けば香ばしく、火を通せば弾けて笑顔を誘う。

     家畜の糧となり、油となり、甘味料となり、やがて文明を動かすエネルギーにまでなった。まるで、かつて拾ってもらった恩を、ずっと返し続けているかのように。

           ※          ※

     二一九一年。
     人類が太陽系を旅する時代を迎えても、トウモロコシに関する最大の謎だけは、解けないままだった。

    「……不自然なんです」

     異星植物学者のエレナ・サンチェスは、国際学会の壇上で静かに切り出した。

    「トウモロコシは、人類の介入なしには生き残れない。それなのに、人類の文明発展には欠かせない存在だった。野生種テオシントからトウモロコシへの進化は、あまりにも急激すぎます」

     彼女は古びた石板の写真をスクリーンに映し出した。
     そこには、古代メソアメリカの人々が遺した『星が落ちた夜、人は黄金の子を拾った』という神話が刻まれている。

    「これはただの伝説とされてきました。ですが、もしこれが事実だとしたら? トウモロコシが、宇宙の『おとしもの』だとしたら?」

     会場にざわめきが広がった、その時だった。太陽系外縁部から、巨大な影が突如として現れた。それは、見たこともない形状の宇宙船だった。

     その船は、まるで巨大なトウモロコシの穂のように見えた。
     何層もの外殻が葉のように重なり、表面には無数の粒を思わせる模様が刻まれている。船内から現れた異星人は、どこか困ったような口調で言った。

    「失礼する。こちら、銀河播種管理局・遺失物対策課である」

     世界中が息を呑んだ。

    「遺失物……?」
    「うむ。あなた方の時間軸でおよそ九千年前、貴星に当局の落とし物を確認したため、回収に参った」

    エレナは呆然と瞬きをした。

    「落とし物って、まさか……トウモロコシのことですか?」
    「その通り」

     異星人たちの言い分は、あまりに壮大で、それでいてひどく間抜けなものだった。

     彼らは銀河の各地に生命の種を運び、環境を整える「播種者」だという。トウモロコシもその一つだったが、運搬中に固定具の点検を怠り、太陽系を通過する際に保管庫からこぼしてしまったのだと、彼らは肩をすくめた。

    「……ちなみに、担当者は始末書を八百七十二枚も書かされたそうだ」

     会場はしんと静まり返る。しかし、異星人は続けた。

    「だが、我々は回収しなかった。……ずっと、観察していたからだ」

     彼らは銀河の星図を投影した。そこには、星々の興亡と、人類の歩みが記されていた。

    「トウモロコシは、知的生命体との共生を前提に設計されている。誰かに育ててもらわなければ生きられない。だがその代わり、育ててくれた者には惜しみなく実りを返す。……文明の本質は、奪うことではなく、育てることにあると教えてくれるはずだ」

     九千年間、人類はトウモロコシを愛し、守り抜いた。飢えた子供に最後の一粒を譲った農夫も、戦火の中で種を守った人々の手も、彼らはすべて見ていたのだ。

    エレナは悟った。

    「だから、回収しなかったんですね」
    「そうだ。落とし物には二種類ある。返してほしいものと……拾った者のものになってしまうものだ。貴星にとって、それはもう宝物なのだろう」

     帰還の直前、エレナは思わず尋ねた。

    「他にも何か、落としているものがあるのですか?」

     異星人たちは顔を見合わせ、苦笑いした。

    「……十七件ある。動物が十二種、植物が四種。そして、置き忘れた弁当箱が一つ……」
    「動物……まさか……?」
    「いやいや、君たち人間ではないよ。だが、世界中で人間に愛されていて神と崇めていた時代もある……我々は『ニヤン』と呼んでいる」

     エレナは吹き出した。
     人類が神の贈り物と信じていたものは、実は宇宙の「おとしもの」だったのかもしれない。けれど、落とした側が諦めるほど大切に育てられてきたのなら、それはもう贈り物と呼んでいいはずだ。

     その夜、エレナは研究所の屋上で、バターの焦げる香ばしい焼きトウモロコシを手に、夜空を見上げた。

     ふと、一つ星が流れた。
     直後、通信機が拍子抜けするような電子音を立てた。

    『銀河播種管理局よりお知らせします。第三惑星にて新たな遺失物を検知。落下予定時刻、現地二十三時四分』
    「……今度は何です?」
    『スイカです。あと、すみません、担当者も一緒に落ちました』

     エレナはまた、声を上げて笑った。 この宇宙は思っているよりずっと広く、そして、少しだけ間抜けにできているらしい。

     彼女は黄金色の粒を数粒口に放り込み、どこか懐かしい星空の味を噛み締めた。


    本文2,248文字


    こちら、みくまゆ会の「チャレがや企画・第13弾」への参加記事となります。

    創作大賞にはSF部門がないので、私はSFの創作に飢えております。
    オールカテゴリ部門に何作か「SF」を送り込みましたが、それでは全然、足らない。

    いつか「SF小説部門」が創設されることを夢見て、長編も準備してあるんですけれどもねぇ……。

    ということで、誰もが一度は口にしたことがありながら、誰もその正確な起源を知らないという、謎多き穀物・トウモロコシに焦点を当てたSF小説にしてみました!

    みくまゆたんさん、コッシーさん、他のご参加の皆さん、よろしくお願いします!


    #みくまゆ会
    #チャレがや
    #おとしもの



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