
批評はなぜ死んだのか?~あるいはどうすれば批評は《復活》できるのか?
■批評とは何か?
批評とは、「作品から隠された価値を見い出すこと」である。もう少し具体的に言うなら、「作品の前提となっている思想を暴き出す行為」だと言える。
ここでいう思想とは、必ずしも作者が意図したものとは限らない。むしろ、作者自身も気づいていない無意識の意図が、作品に表れていることもある。
たとえば、童話『シンデレラ』を例に考えてみよう。この物語は、不幸な境遇にある少女シンデレラが、魔法の力によって舞踏会に出かけ、王子に見初められて幸せをつかむ──という筋書きである。文字通りに読めば、「シンデレラが苦難を乗り越えて幸せになった良い話」として理解されるだろう。
しかし、批評的な視点でこの物語を読み解くと、次のような思想が物語の前提として含まれていると考えることができる。
ルッキズム(外見至上主義)
普段の姿では王子に見向きもされなかったシンデレラが、魔法で着飾った途端に注目を集める。この構図は、「女性の価値は内面ではなく、外見の美しさによって決定される」という思想を前提としている。家父長制と女性同士の分断
シンデレラをいじめるのが父親や兄弟ではなく、「継母」や「義理の姉」である点にも注目したい。これは、女性同士の連帯を阻み、男性の愛や承認を奪い合う構図をつくることで、男性優位の社会(家父長制)を無意識のうちに維持しようとする前提が、物語の中に組み込まれていると解釈できる。
どうだろうか? こうして読み解くと、「シンデレラって、そういう話だったのか!」と驚かされるはずだ。もう、今までのような無邪気な読み方はできなくなるかもしれない。
だが、これこそが批評の面白さでもある。
作品に内在する思想を暴き出すことで、その読み方はがらりと変わる。そして、同時に、それは現代社会の構造や問題について考えるヒントにもなるのだ。
批評家「作品Aには、こういう思想が前提としてある。だからこそ、このような物語の展開になっており、また、それは現代の〇〇問題と繋がっているのだ!」
みんな「そうだったのか! 俺、ぜんぜん作品読めてなかった! 批評ってマジすげえわ!」
■批評は死にました
しかし今、「批評は死んだ」と言われている。
かつては、映画や文学について、賢そうな人が小難しいことを語り、それなりの影響力を持っていた。そうした「批評」が、きちんと成立していた時代があったのだ。
けれど今では、そうした批評の権威や影響力は、見る影もない。
なぜ、そうなってしまったのか?
その背景には、次の3つの構造的変化があると考えられる。