
大井町で初めての最優秀経営者賞➖改めて考えた「ちょうど良いF」
西研東京 MG
西研・大井町のMGに参加してきました。
今回、5期を終えて自己資本630で西研・大井町では初めて「最優秀経営者賞」をいただきました。

MGはずいぶん長くやっていますが、大井町でこの賞をいただくのは初めてです。
もちろん、うれしい。
でも、終わってから自分のゲームを振り返ってみると、今回一番印象に残ったのは「勝ったこと」そのものではありませんでした。
むしろ、
今回は、なぜうまくいったんだろう…、そんなことを考えていました。
今回のゲームは、最初から何か一つの戦略を決めて、それを最後まで押し切ったわけではありません。
市場を見て
周りの会社を見て
自分の会社の状態を見て
現金を見て
次に何が起こりそうかを考えて
その都度、意思決定を変えていきました。
言ってみれば、かなり臨機応変でした。
人を増やす
設備を持つ
戦略チップを使う
逆に、持ちすぎない
Qを取りに行く
無理に取りに行かない。
Pを取れる場面では取る
「こうすればいい」という型に、自分の会社を合わせるのではなく、今、この会社ならどうするか。
それを考え続けたゲームだったように思います。
これはいつも考えていることではありますが、その感覚が今回はピタッとはまりました。
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思い出した「ちょうど良いF」
ゲームを終えて数字を見返していたとき、ずいぶん前に自分でテーマにしていた言葉を思い出しました。
「ちょうど良いF」
何年も前、一時期、半年くらいこのテーマでMGをやっていました。
F、固定費
MG(に限らずリアルのビジネスでも)では、とても重要な数字です。
人を増やせばFが増える
設備を持てばFが増える
教育をすればFが増える
研究開発や広告宣伝に投資すれば、やはりFは増える
だからといって、Fは少なければ少ないほどいい、というわけではありません。
Fを使わなければ、会社の力はつかない。でも、Fを増やせば増やすほどいい、というわけでもない。
そのFを支えられるだけMQを生み出せなければ、会社は苦しくなる。
だから当時ずっと考えていたのが、「ちょうど良いFとはなんだろう?」という問いでした。
今回、久しぶりにその問いが戻ってきました。
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今回のFは、意外と大きく変わっていない
今回の成績のダイジェストです

今回のFを並べてみると、
2期 201
3期 236
4期 284
5期 245
増えたり減ったりはしていますが、ものすごく大きく膨らませたわけではありません。
一方でMQはかなり動いています。
特に面白いのは4期から5期です。
4期より5期の方がFは小さい
Qも減っている。
それでもMQは増え、Gも大きくなっている
つまり、会社を大きくしたから成果が出たわけではない。
今の会社の規模感の中で、P、V、M、Qの組み合わせが変わり、Fとのバランスが変わった。
それによって結果も大きく変わった。
数字を眺めていて、「ああ、これが『ちょうど良いF』なのかもしれないな」と思いました。
でも同時に、いや、違うな…とも思いました。
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「ちょうど良いF」に正解はない
今回改めて感じたのは、「ちょうど良いFには正解がない」ということです。
たぶん、最適解もあらかじめは分からない。
市場が変わる
競争相手が変わる
自分の会社の状態が変わる
手元の現金も変わる
人も変わる
能力も変わる
戦略も変わる
昨日売れた価格で、今日も売れるとは限らない。
昨日必要だった人員が、今日も必要とは限らない。
昨日までは重たかったFが、今日はチャンスを取るために必要かもしれない。
逆に、昨日まではちょうど良かったFが、今日は重荷になっているかもしれない。
つまり、昨日までの「ちょうど良い」と、今日の「ちょうど良い」は違う。
ここが今回、一番強く感じたことでした。
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Fは固定費、でも「ちょうど良さ」は固定されていない
考えてみると、面白い言葉です。
Fは固定費
でも、Fのちょうど良さは、まったく固定されない。
Fだけを見ても分からない。
MQとの関係
市場との関係
自社の能力との関係
これから何をしようとしているのか
どこまで成長したいのか
何を守りたいのか… そういうものとの関係の中で、初めて「今のF」が見えてくる。
だから、Fが多いとかFが少ないだけでは語れないものです。
経営は、数字一つを見るのではなく、数字と数字の関係を見ること。そして、その関係はずっと動き続けている。
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経営計画と臨機応変は矛盾しない
今回の講義でも、いつもと同じく「経営は逆算である」という話がありました。
まず利益をいくら出したいのか?
Fがいくらかかるのか?
そのために必要なMQはいくらなのか?
PとMはいくらを見込むのか?
Qはいくつ必要なのか。
そこから計画を組み立てていく。
これはとても大切です。
でも、リアルなビジネス同様に実際のゲームも計画通りには進みません。
相手もいる
市場も動く
思った価格で売れない
思ったタイミングで買えない
だから、計画を持つことと、臨機応変であることは矛盾しない。
むしろ、計画があるからこそ、何が変わったのかが分かるし、どこを変えるべきかが見える。
計画に縛られるのではなく、計画を基準にして、現実に合わせて意思決定を変える。
今回のゲームでは、その切り替えが比較的自然にできていたように思います。
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MGは漢方薬
今回の講義の中で、これもいつもと同様に印象に残った言葉がありました。
「MGは漢方薬」、すぐに効く特効薬ではない。
何度も繰り返しているうちに、じわじわ効いてくる。
これは今回の自分のゲームを振り返ると、よく分かります。
今回、「臨機応変にやろう」と意識していたわけではありません。
「ちょうど良いFを実践しよう」と思っていたわけでもありません。
何年も前に考えていたこと。
何度もMGをやる中で経験したこと。
講義で聞いたこと
やってみて失敗したこと
やってみてうまくいったこと
そういうものが少しずつ自分の中に残っていて、いつの間にか意思決定の中に出てきた。
状況を見て
考えて
決めて
違えば変える
それを繰り返していたら、今回の結果になった。
これが「漢方薬」ということなのかもしれません。
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MGは「あり方」を学ぶもの
今回の講義では、「MGは思想である」という話が何度も出てきました。
ゲームが上手になることだけが目的ではない。
決算が速くなることだけでもない。
自己資本を増やすことだけでもない。
どんな人になるのか。
どんな会社をつくるのか。
どういう意思決定をするのか。
つまり、あり方。
最優秀経営者賞をいただいた今回だからこそ、余計にそう感じました。
もし、「自己資本630だった。勝った。よかった。」だけで終わったら、それは少しもったいない。
なぜうまくいったのか
何を見ていたのか
何を変えたのか
何を変えなかったのか
その判断の根っこには何があったのか
そこまで振り返って、味わってみて、初めて、MGが自分の中に残るのだと思います。
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もう一つ、うれしかったこと
今回のMGで、もう一つ、うれしかったことがありました。
僕がインストラクターを務めたMGで、初めてMGに出会った方が、今回、インストラクターの本免許をもらいました。
僕がMGで使っている会社名は、「火つけ屋」です。
火をつける
そして、その火が消えないようにする
青年会議所でも、EGでも、僕はずっと似たようなことをしてきたように思います。
何かに出会うきっかけをつくる
「ちょっとやってみようかな」という火をつける。
そして、その人が続けていく
やがて、その人自身が、次の誰かに火をつける側になる
MGでも、気がつけば、僕のMGをきっかけに学び始めた人の中から、おそらくすでに二桁の人数がインストラクターの本免許をもらっています。
これは僕にとって、密かな喜びです。そして、少しだけ誇りでもあります。
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火をつけるだけではなく、バトンを渡す
僕がずっと前に立っていればいい、とも思っていません。
というより、人はいつか動けなくなるし、いつかこの世を離れます。
だから、続いてほしいものがあるなら、バトンを渡し続けなければならない。
僕の会社は有限会社です。
21年前、株式会社の最低資本金制度もなくなり、1円会社みたいのも流行っていた時期に、あえて有限会社にしたことにも、僕なりの意味があります。
僕が動けなくなったら、僕自身の担いはそこで終わる。
会社という器を、ずっと永遠に残したいとは全く思っていません。
でも、学習機会の創造は続いてほしい。
人が学ぶ機会
人と人が出会う機会
誰かの中に火がつく機会
それは、僕が動けなくなった後も続いてほしい。
そのためには、自分が抱え込むのではなく、次の人へ渡していく。
その人がまた次の人へ渡していく。
自分のやったことが残ることより、自分がつけた火から、次の「火つけ屋」が生まれ、その連鎖が続いていくこと。
それが僕にとっての「火つけ屋」の意味です。
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網走では、もう何年も火が続いている
この文章は、明日からのMGのために北海道へ向かう飛行機の中で書いています。
目的地は網走
網走のMGは、関与先さんで始まりました。
そこから続けていく中で、その会社の中に3人のインストラクターが生まれました。
そして今では、その3人がMGの火を絶やさずにいてくれています。
僕自身も、毎年春には網走でMGを開催させてもらっています。
だから、網走の火はずっと灯続けています。
ここが、僕にはとてもうれしいことです。
そして今回のMGは、その続いている流れの中から、さらに生まれたものです。
これまでMGに参加してくれていた方から、「今度は自分でも事務局としてやってみたい」という声が上がりました。
それがきっかけで、今回の開催が決まりました。
参加者は6人と小規模なMGです。
でも、そのうち4人が初MGというのが、うれしい。
関与先さんで始まったMGから、3人のインストラクターが生まれた。
その人たちが火を絶やさずにいてくれる。
僕も毎年そこへ戻ってMGをする。
そして、その流れの中から、
「今度は自分でも事務局をやってみたい」
という人が現れる。
そこにまた、初めてMGに触れる人たちが集まる。
こうして火が続いていく。
これがいいなと思います。
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火は、一人で守るものではない
最初に火をつける人はいるかもしれません。
でも、その人一人がずっと薪をくべ続ける必要はない。
むしろ、
一人で守らなければ消えてしまう火より、いろいろな人が薪をくべられる火の方が強い。
誰かがインストラクターになる
誰かが事務局をする
誰かが初めて参加する
誰かが友人を連れてくる
それぞれが、それぞれの形で火に関わる
そうして続いていく… 僕が「学習機会の創造は続いてほしい」と思っているのは、たぶんこういう状態です。
自分が全部やるのではない
自分のやり方をそのまま残すのでもない
次の人が、自分の意思で次の場をつくる
守るべきものは守りつつ、変えても良いものは変えながら、それが続いていく。
そこに意味があるのだと思います。
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小さくても、火が絶えなければいい
今回の網走MGは6人
人数だけ見れば、小さな会です(当然ですが、収支的にもギリギリです💦)
でも、4人が初MG
ということは、そこから何かが始まるかもしれない。
誰か一人に火がつくかもしれない。
その人が何年か後に、「今度は自分でもやってみたい」と言うかもしれない。
そう考えると、大きい、小さいということだけでは測れません。
これも「ちょうど良いF」と少し似ている気がします。
大きければいいわけではない。
小さければいいわけでもない。
その時、その場所、その人たちにとっての、「ちょうど良い形」がある。
そして、その形はずっと同じではない。
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今日の「ちょうど良い」を考え続ける
西研・大井町で初めていただいた最優秀経営者賞
そして、自分のMGをきっかけに学び始めた人が、本免許を手にしたこと
そのあと僕は、何年も火が続いている網走へ向かっている
こうして並べてみると、今回のMGで考えたことが一つにつながっている気がします。
経営では、今日の「ちょうど良いF」を考え続ける。
学びの場では、今日の「ちょうど良い形」をつくる。
そして、自分自身は、次の人へバトンを渡し続ける。
どれにも、たぶん正解はありません。
昨日うまくいったやり方が、今日もうまくいくとは限らない。
昨日の「ちょうど良い」が、今日の「ちょうど良い」とは限らない。
だから、
考え続ける
決め続ける
変え続ける
そして、伝え続ける
火をつける
火を絶やさない
バトンを渡す
MGは漢方薬、何度も何度も繰り返すうちに、学んだことが少しずつ自分の中に染み込んでいく。
気がつけば、それが意思決定になり、行動になり、あり方になっている。
そして、そのあり方が、いつか次の誰かへ渡っていく。
今回のMGは、そんなことを改めて感じる二日間になりました。
西先生、佳恵先生、ご一緒いただいた皆さん、ありがとうございました😊
感謝と想いを込めて
