
今、着きました【シロクマ文芸部】
約束の三十分前、紬はもう駅前にいた。
投稿サイトで互いの作品を読み始めて、半年になる。感想欄では何度も話しているのに、顔も本名も知らない。今日は二人とも同じ文芸イベントへ行くため、駅前で初めて会う約束をしていた。
目印は、バッグの持ち手に結んだ黄色いリボン。
紬は雑貨店で買ったリボンを昨夜から三度も結び直した。左右の輪を同じ大きさにしたつもりだが、明るい場所で見ると、片方だけ少し長い。
午後一時三十五分。向かいのベンチに、黄色いリボンをつけた黒いバッグを持つ人が座った。
もしかして、と思う。
けれど、約束までまだ二十五分もある。今すぐ声をかければ、自分も同じだけ早く来ていたと知られてしまう。楽しみにしすぎていたみたいで、なんとなく恥ずかしい。
紬はバッグを抱え直し、リボンを身体との間に挟んだ。
向かいの人が顔を上げた。視線がこちらで止まり、すぐに外れる。その人もバッグを足元へ置き、黄色いリボンを脚の後ろへ隠した。
別人だろうか。
しばらくして、その人が自動販売機へ向かった。紬の前を通る。紬は急いでスマートフォンを開き、届いてもいない通知を確かめるふりをした。
戻ってきたその人は、紬の前だけ少し大回りした。
午後一時五十七分。
ほかに黄色いリボンをつけた人は現れない。紬は昨日のメッセージを開いた。
〈明日、楽しみにしています〉
自分で書いたその一文が、今日は妙にまぶしかった。
午後二時。紬は〈今、着きました〉と送信した。
向かいの人のスマートフォンが鳴った。続いて、紬の手の中でも短い音がした。
〈今、着きました〉
顔を上げると、その人もこちらを見ていた。
紬はバッグを持ち直し、黄色いリボンを表へ出した。向かいの人も、足元のバッグを持ち上げる。
二人はベンチの間で歩み寄った。
「ミナトさんですか」
「はい。紬さん?」
少しの沈黙のあと、二人はほとんど同時に言った。
「今、来たところです」
二つのバッグで、黄色いリボンが揺れていた。