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レッテルは「コスパ」が良いから、やめられない。私たちが無意識に人にラベルを貼ってしまう理由【前編】

    見知らぬ女性に「ちょっと、お母さん」と呼びかけてみたり。

    新入社員を「最近の若者は」と雑に区別してみたり。

    こういう論調、最近のSNSでは、「主語が大きすぎる」などと定型的に反論されますね。

    でも、そもそも。

    私たちはどうして、目の前の「その人」に勝手な「ラベル」を押し付けてしまうのでしょうか?

    実は、それは私たちの脳が「サボる」ために編み出した、ある種の賢さの結果かもしれません。


    この記事はこんな人におすすめです

    ・つい他人を決めつけてしまう自分に、モヤモヤを感じている方
    ・「〇〇さんらしい」という周囲の言葉に、窮屈さを感じている方
    ・人間の「認知の仕組み」について、深い興味がある方


    先日、どなたにでも読める「あなたに夜明けを」シリーズの記事として、「ラベルをつけられて、むしろ安心するとき。」というテーマでエッセイを書きました。

    上述の記事では、私の雑感と経験を綴ってみましたが、今回はもう少し学術的な文脈でも、深掘りしてみたいと思います。

    まず、「ラベル」とはなんなのか。さらっと定義しつつ、おさらいしてみましょう。


    ▶こちらは忙しいあなたのための、AI読み上げ音声です。
    (私の声をサンプリングしています。)

     
     
    「知る」ことは優しさ。不登校/双極症の経験を持つひきこもりのITエンジニアが、生きづらさを抱えるあなたへ「それでもきっと、大丈夫」のヒントを3年間、毎日発信しています。病気でも、不登校でも、ひきこもりでも。きっと、私たちそれぞれの「だいじょうぶ」を見つけられる。(毎日19時更新)

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