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部屋から出られなくても春は来る。お花見に行けないあなたへ贈る「観測しない」桜の話

    関東では、桜がまさに見頃です。
    みなさんは、今年のお花見、いけそうですか?

    満開の桜の木の下で、美味しいお弁当を持ち寄って食べる。楽しいですね。

    でも実際のところ、お花見って意外とハードルが高い時があります。

    仕事が忙しくてタイミングが合わなかったり、せっかく行っても人混みに疲れて花より団子どころか団子も食べずに帰ったり。

    「お花見した」という事実だけが残って、なんとなく消化不良、なんてこともあります。

    私はというと……。
    お察しの通り、今年もたぶん行きません。

    行けません、が正確です。

    カーテンは閉めたままです。窓も開けません。外の空気がどんな匂いかも知りません。私の部屋に春は来ない……いや、正確には、来ているはずだけど、確認していません。

    引きこもりなので。

    SNSの桜の写真をスクロールしながら、ふと思いました。

    でも、そもそも、お花見って、本当に「行く」だけのものなのでしょうか。

    【この記事はこんな人におすすめ】

    ・お花見などの季節のイベントに行けず罪悪感がある方
    ・SNSの楽しそうな投稿を見て取り残された気分になる方
    ・部屋から出られない、または出るのが億劫な方
    ・自分なりの季節の楽しみ方を見つけたい方


    季節に乗り遅れる罪悪感

    毎年この季節になると、罪悪感があります。

    べつに誰かに責められているわけじゃない。

    でも、桜が咲いたというニュースを見るたびに、心のどこかが痛みますよね。「行かなきゃ」でも「行きたい」でもない、もっと漠然とした……今年も、できなかったね、という情けなさ。

    外出される方のタイムラインは賑やかです。青いシートと紙コップと、少し寒そうな笑顔。みんなちゃんと、春をやっています。

    私はカーテンの内側で、その光景を見ています。

    自分だけ季節に乗り遅れているような、じわじわとした置いてけぼりの感覚が、胸の底にたまっていきます。

    ……でも、だいじょうぶ。

    話は千年前にさかのぼります。

     
     
    「知る」ことは優しさ。不登校/双極症の経験を持つひきこもりのITエンジニアが、生きづらさを抱えるあなたへ「それでもきっと、大丈夫」のヒントを3年間、毎日発信しています。病気でも、不登校でも、ひきこもりでも。きっと、私たちそれぞれの「だいじょうぶ」を見つけられる。(毎日19時更新)

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