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「もらいっぱなし」がしんどいあなたへ。「交換」を手放して、心を楽に。

    本当は嬉しいはずのことが、苦しく感じられるときがあります。

    「何かをしてもらったのに、同じだけ返せない」

    noteでも現実の世界でも、そう感じてしんどくなってしまう夜はありませんか。

    例えば、

    スキをもらったのに、制限で返せない。
    温かいコメントをもらったのに、忙しくて返信ができない。
    マガジンへの追加や、チップをいただいたのに……。

    相手の好意を受け取るほど、自分の「返せていない現状」が浮き彫りになり、いつしか「いただいた嬉しさ」より、申し訳なさで胸が苦しくなる。

    そんな日もありますよね……。

    この記事はこんな方におすすめです

    ・人からの好意を素直に受け取るのが苦手な方
    ・「お返しをしなきゃ」と義務感で疲れてしまう方
    ・人間関係における「損得」や「バランス」に敏感な方


    私たちは、人から何かをしてもらうと「お返しをしなければならない」という強い心理的圧力を感じることがあります。

    これを心理学では「返報性の原理」と呼びますけど、そんな難しい言葉にしなくとも、何かしてもらったら、やっぱり、何かしてあげたくなる。これは納得しやすい心の動きだと思います。

    だけど、その「お返し」は、果たして本当に「同じ量」である必要があるのでしょうか。

    「スキ」は評価ではなく「気持ち」

    一度、あなた自身が「あげる側」になった時のことを思い出してみてください。

    誰かの記事に「スキ」を送る時、あなたは「10スキしたから、10スキ返してほしい」と考えているでしょうか。

    もしお返しがあれば嬉しいですが、全く返ってこなかったとして、それで相手を嫌いになる……そうでしょうか?
    多くの方はそうではない気がします。ちょっと寂しさは感じるかもしれませんけど。

    だって、そもそも、「交換」を求めてボタンを押しているわけではありませんよね。

    それに、noteの「スキ」は、SNSによくある「いいね」とは少し意味合いが異なるように感じています。

    「いいね」がコンテンツに対する評価だとしたら、「スキ」は著者や記事そのものに対する「気持ち」。

    相手はあなたの記事の質や、完璧なお返しを求めているのではありません。

    ただ、あなたの存在や言葉に、心が動いたという「気持ち」を送っているだけ。そんな風に考えると、少しだけ心が楽になる気がします。

    贈りたいから、贈る。返したいから、返す。

    現実の人間関係でも同じことが言えます。

    お祝いやプレゼントを贈る時、「以前もらったから」という義理で動くこともありますが、「ただ嬉しいから」という純粋な動機で贈ることも多いものではないでしょうか?

    私自身の話を少しさせてください。

     
     
    「知る」ことは優しさ。不登校/双極症の経験を持つひきこもりのITエンジニアが、生きづらさを抱えるあなたへ「それでもきっと、大丈夫」のヒントを3年間、毎日発信しています。病気でも、不登校でも、ひきこもりでも。きっと、私たちそれぞれの「だいじょうぶ」を見つけられる。(毎日19時更新)

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