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ルージュで伝言

    「ルージュの伝言」の意味するところはいまだによくわからない。

    幼少の時分、私はそれを「口紅をクレヨンみたいにして恋人の部屋のバスルームの鏡に落書きして困らしてやる類の歌」だと思っていた。

    そんなことをしようものなら、きっと彼のママにブチ殺されちまうだろうなあ……とも思っていた。
    二年一組の教室の入り口で。
    直後、私は顔面チョークの粉まみれにされて、大笑いされるのだけど。
    わざとだって見抜かれないようしおらしく、左目だけで泣いておいた。

    そのあと、
    「じゆうちょう」に真っ赤なクレヨンで、チューリップの絵を描いた。

    ──こういうことでしょう?

    誰にともなく心の中で、そう小首を傾げた。

    十二歳になった。
    私は彼のママに訊きに行った。
    列車に乗ることもなく。
    もし、私がバスルームに口紅で落書きしたらどうするかって。
    そしたら彼女は、指についた青のりを軽く舐めて真顔で言った。
    「ませたガキだなって笑うかも」って。
    私は返事もしないで制服の紺色のボタンをぐるぐる回していた。

    次に会った時、彼女は青いリボンがついた白い小箱を私にくれた。
    中には到底、十二歳には相応しくない口紅が入っていた。

    あの時、彼の詰襟の左手首の金ボタンは三つで、右は一つだった。
    肘周りの布がバカみたいに光っていた。

    私が帰る頃、彼は彼のママに叱られた。
    バケモノみたいに真っ赤な唇をして。
    私はいつもみたいに蒼白した顔面と青褪めた唇で、時代錯誤のバンカラ野郎みたいに学生鞄を担いで歩き出していた。
    振り向きもせずに。
    いつのまにか捻くれて、人の不幸で口角が上がってしまうようなクズになった自分をあんまり肯定したくなかったから。
    わずかな清廉を残しておきたかったんだ。

    十六歳。
    列車に乗って彼の部屋へ向かう。
    「いらねえよ」って散々悪態をついて投げ捨てまくった合鍵も、今ではおすまし顔でキーケースに収まっている。
    遊びたい盛りのはずの十八の彼はどうにも真っ当に、大学とアルバイト先とこの部屋の三点上でしか動けない馬鹿真面目な点P生活を送っているらしい。

    ──つまらない男

    彼をそう罵りながら、私はこの日も青褪めた唇で眠っていた。

    鏡への落書き、その飽くなき憧れはこの時すでに人間二人でぎちぎちくらいのワンルームを──
    アパートの建物そのものを木っ端微塵にしてしまうくらいに膨れ上がっていた。

    それにしたって私は恋人孝行な女だ。
    てあたり次第たずねるべき友達は片手……せいぜい両手を一度広げればあまり出るくらいで済むのだから。

    窓の外、蒼白に明け始めた空に呟いた。

    一回くらい、泣かせてみてよ。

    背後の呼吸はあの日のように真っ赤で、うんざりするくらい退屈だった。


    ↑
    【習作】
    今日のは習作である。
    こっちも習作である。
    今後は習作も載っけていく所存だ。
    恥は晒してなんぼじゃ。
    うん。
    梶井基次郎全集にだって大量に習作とか絶筆とか載ってるしな(気持ちだけ基次郎!)。

    ↑
    そろそろお忘れではないですか。
    貝原瑞樹の夏を。

    ↑
    お忘れではないですか?
    上原朔也のトラウマを。

    ↑
    【エッセイ】
    梶井基次郎のことを爆弾魔だと思っていた話。

    ↑
    ゆきお様・解説
    なるほど、そっちの読みもあったか!
    と多面的に読めるとわかってうれしくなりました。
    いつもありがとうございます。
    人の数だけ読み方が変わる。
    それが物語の醍醐味ですね。

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    ラブラドールの匂いで肺を満たしたいアラウンドサーティ。 9歳児に親育てされている本末転倒人間。 文字に嫌われた人間が、しつこく文字を掻き集める滑稽な姿を東京の片隅からお送りしております。 ※連載小説も基本的には一話完結として読める構成を目指しているので、おじけづくことなかれ。

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