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【完結済】虹行きの切符「虹行きの切符」ep.1

    「悠来ゆうき! 聞いて驚け! レゲボンのチケットが手に入った!」

    夏休みも終わりに近づいた八月の夕刻のことだった。
    エアコンが職務放棄した部屋で俺は眠っていた。
    いや、正確に言えば俺が眠っているのをいいことにエアコンが怠けていた、といったところだろう。
    その証拠に今、慌てて冷たく喘ぎ始めた。

    「う……ん……?」

    電話越しに電話の鳴る音が聴こえる。
    暑さと眠気でぼやけた頭は要領を得ない。
    その上、コンタクトレンズがズレたか外れたかで視界までぼんやりしている。

    「なんだよ……レゲボンだぞ? やっぱり本命じゃないとうれしくない感じ?」
    「あ、いや。別にそういうわけじゃ……」

    身体を起こし、シーツを撫でる。
    触ふれるのはじっとりと熱を帯びた白い布。
    肩と耳で挟んだ携帯からは、なおも忙しなく固定電話の鳴る音と、馬鹿丁寧な挨拶が切きれ切ぎれに聴こえてくる。
    その切れ目を蝉の声が縫い合わせる。
    瞬きを繰り返すうち、ようやく左目の視界がはっきりした。

    「チケットは、二枚ある。」
    「へえ……」
    ベッドから毛足の短いカーペットに足を下ろす。
    生温かい。
    汗でぬめる携帯を持ち直した。
    「で、いつ?」
    「明日。」
    「は? 正気?」
    思わず立ち上がった。
    勢いをつけ過ぎただろうか。
    立ち眩みが、俺を湿ったシーツに引き戻す。

    「都合悪い?」
    「いや別に。俺は暇だけど。そっちは?」
    「仕事。」
    「はあ?」
    「だから、俺の代わりに行ってほしいわけ。」

    それはつまり得体の知れない誰かと二人で出かけて来い、という意味だろうか。
    ともすれば、いくらレゲボンとて遠慮したい。
    轟音を立てるわりに部屋を冷やしてくれない天井の白い箱を睨みつけた。

    「だってチケット二枚あんだろ?」
    「そこなんだよ……悪いけど悠来……お前、二枚とも捌くか一枚はお前が使うとして、もう一枚何とかしてくんない?」
    「マジで言ってる?」
    「マジです。極めて大真面目に言ってる。いや……あの、無理なら一枚はこっちでなんとか人、見つけるんでもいいけど。」

    受話器の先は騒がしさを増している。
    ──三枝さえぐさ、早く、すみません……
    断片的に聴こえる声と声。
    どういうわけかこちらの気が急せいた。

    「いや、いい。二枚くれ。」
    「助かる! そしたら今日、帰りにお前んちのポストに入れとくから朝にでもとって。」
    「金は?」
    「後日でいい。」

    願ったり叶ったりだ。
    俺は携帯をベッドにぶん投げて、うおお、と百獣の王ですら怖じ気づくほどに雄叫びを上げた。

    極めて前向きな寝耳に水だ。
    いや、一番に喜んでいるのは俺ではない。

    「悠来?」

    俺は自分の唇が自分のとは違う形をした薄い笑いを浮かべていることに気がついて、慌てて両頬を交互に殴る。

    「もしもし……大丈夫か? この暑さでやられた?」

    「……かもな。」

    「もしもーし!」

    ベッドの上から耳に届くその声はひどく、くぐもっていた。
    枕に口を押し当て声を上げる時の如く。

    蝉の声と電話の切断音だけになった部屋で俺はもう一度、叫ぶ。

    あいつは電話が嫌いだ。
    どうせ出ないだろう。
    でも──

    俺は通話ボタンを押す。

    躊躇いは汗と一緒に流れ去っていた。


    【習作】です。
    調子が戻りません。

    ↑
    一本単位で読める作りにしているものの連載でもあるのでまとめました。

    ↑
    この間、完結した「井上と白石」シリーズの別版です。

    ↑
    周期表で遊ぶ白石。

    ↑
    七夕は恋愛リアリティショーだと豪語した上で、こき下ろす白石。

    ↑
    現代に現れたらきっと恋愛リアリティショーを観ない上原朔也の話。

    ↑
    季節に合わせた話にするならこれ。

    ↑
    【エッセイ】
    一年以上前の記事。
    絶対去年の方が私のnote、今よりは若干面白かった気がする。

    ↑
    ゆきお様・解説
    今日もありがたや。
    ちなみに虹行きの虹はそのうちでできます。
    楽しみ……にしていてくださいなどとはいえませんが、でてきます。

     
     
    ラブラドールの匂いで肺を満たしたいアラウンドサーティ。 9歳児に親育てされている本末転倒人間。 文字に嫌われた人間が、しつこく文字を掻き集める滑稽な姿を東京の片隅からお送りしております。 ※連載小説も基本的には一話完結として読める構成を目指しているので、おじけづくことなかれ。

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