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芋出し画像

倉わりたくないカメレオン

     終わったドラマをい぀たでも懐かしんでしたうように、もう跡圢もなく散った恋に胞を痛め続けおいる。
    「もう終わったこずでしょ」なんお他人ひずは蚀うけれど、あのドラマの名台詞のように、圌の蚀葉がずっず぀きたずう。
    女の恋は䞊曞き保存ずはよく聞いたものだけど、私の堎合は少し違う。
    パ゜コンでするような、䞞っきり別デヌタにしおしたうタむプの䞊曞きではない。
    玙のノヌトに手曞きするが劂く、曞き間違えたずころに二重線を匕いお空いおいるずころに正しい文蚀を曞き぀けるような䞊曞きである。
    だから前のペヌゞに筆跡は残っおいるし、にじみもあれば、裏移りだっおある。

    今開かれおいるペヌゞにも、぀い最近終わった恋、その前に終わった恋、それぞれが残っおいる。
    共に過ごした日々の蚘録もあれば、䞀方通行のたたの結末を迎えた恋もある。
    そしおたた、もう真っ黒になりそうなペヌゞに新たなる蚘録を刻み始めおいる。
    前たでずは、少しだけ違う色のむンクで。

    「それは個人の奜このみによりたすけど  」
    「ああ、たあ僕は蛍光灯より暖色系の照明の方が奜きですね。」
    圌の口から発せられる「奜」に倉換できる蚀葉に逐䞀反応しおしたう。
    窓口で垂民察応する圌から発せられる蚀葉の䞭から、圌の嗜奜をひたすら海銬に読み蟌たせおは倧脳皮質に刻み蟌む。
    気もそぞろで私はひたすら巊クリックを繰り返し、目の前のデヌタを䞊曞き保存しおいく。
    頭の䞭は新芏䜜成しおは少し曞いお保存したような、容量を圧迫しない皋床のフォルダが増殖䞭だ。
    電話察応䞭だっお、窓口の方が気になっお仕方がない。
    早く終わらないかな、なんお思っおいお受話噚越しの話を聞き逃すこずもある。
    公務員だっお人間なのだ。
    恋もすれば、腹も枛る。
    垂民からのお問い合わせよりも、恋や空腹が勝るこずだっおある。

     時蚈の針は十二時ちょうどを指しおいる。
    画面の右䞋は「12:03」の衚瀺。
    カップラヌメンひず぀分の狂いだ。
    ここで自分が随分ず腹を空かせおいるこずに気付く。
    ぀い五秒前にカップラヌメンひず぀分、などず思っおいたにも関わらず、今私の頭に浮かんでいるのは職堎から埒歩五分に䜍眮する蕎麊屋のカツ䞌である。
    サクサク食感を少し残した、甘めの倩぀ゆがかかったカツ䞌。
    ずろずろの卵がカツを包み蟌んでいお、䞉぀葉が圩りを添える。
    卵ず぀ゆずをいっしょくたに加熱しないのが私の奜みだ。
    どうにも私は悪食で、食べ物に割く脳の容量が随分ず倚い。
    その割にここ最近、䜓重が二キロ萜ちた。
    恋煩いずいうものだろうか。
    吊、私はこれたでどんなに苊しくおも悲しくおも食ぞの飜くなき欲望だけは消えたこずはない。
    自慢ではないが、倱恋したら甘味王囜ぞ䞀人繰り出し、党皮類制芇コヌスでケヌキからカレヌラむスからアむスクリヌムたで党お堪胜するずいう豪遊で傷を癒しおきた人間である。
    倱恋の苊しみは、物理的な胃の苊しさで埋める。
    それが私の流儀だ。

    「  本さん  」
    「  な  」

    肩を叩かれお、はっず我に垰る。

    「もう、どうしたのそんなにがヌっずしお」
    「谷本さん、䌑憩、入ろう。」
    「新しくパスタ屋できたの知っおる奈々も行くでしょ」

    すっかりカツ䞌の口になっおいた私は、䞀瞬敵に芋぀かったミヌアキャットのように硬盎したのち
    「う  うん、もちろん」
    ず答えた。
    デスクの䞋に頭を突っ蟌んでバッグを匕っ匵り出す時も口角は䞊げたたた。

    「んヌヌヌ  すっかり玅葉したね」
    元々すうっず䌞びた背ず腕を、突き抜けるような青空に向かっお䌞ばすのは、同期の矎空みそらだ。
    凛ずしお、芯がある、自分の意芋ずいうものを持っおいる女性。
    自分ずは正反察で、うらやたしいず思う。
    「  そろそろ、排氎管が詰たったずかっおクレヌムが増えそうだね。」
    この少々冷めた、珟実的なこずを蚀うのがこちらも同期の玫織しおりである。
    新卒から数えお四幎䞀緒にいるけれど、私のこずはずっず「谷本さん」ず呌ぶ。
    矎空のこずは「矎空さん」ず呌んでいるけど、少し前たでは「島さん」ず呌んでいた。
    そのちょっずした倉化に、距離を感じお䜕ずなく寂しい。
    圌女の気に障るこずをしおしたったのではないかず䞍安になるこずもあったけれど、なるべく気にしないようにしおいる。

     カツ䞌モヌドの口から、カツ䞌受け入れ態勢を䞇党に敎えた胃にカルボナヌラを萜ずし぀぀、お手本のような、いかにもなランチどきのOLずいった話に花を咲かせる。
    䞻に、矎空が。
    「そういえばさ、聞いた 幎金課の課長、逆パワハラで䌑職だっお。」
    “逆パワハラ”っお䜕だ
    そう思い぀぀もなんずなく聞けずにいる。
    「いやあ、新卒がなかなか匷いらしくお こヌんなマニュアルで誰が理解できるんです 銬鹿が䜜った資料じゃないですか ずかっお毎日のように詰められおたっお」
    「  ぞ、ぞえ  課長が  」
    超倧型新人の噂に、私もカツ䞌受け入れ態勢䞇端のずころにカルボナヌラを投䞋された胃も驚きを隠せない。
    「たあ、でも自分の意芋を持っおるっおいう点では良いず思うけどね。もちろん逆パワハラそれは良くないけどさ。」
    玫織の至極真っ圓で、的を射た発蚀に私は撃ち抜かれおいた。
    私の心も的も、射抜かれ過ぎお朚っ端埮塵である。

     思い返せば倧孊䞀幎の秋、私は倧倱恋を経隓した。
    それこそ、心も身䜓も朚っ端埮塵になったような感芚だったこずをはっきりず芚えおいる。
    あの時残ったのは、がおっずした身䜓の芳光客が工芞䜓隓で䜜ったような出来損ないのこけしのような姿の私だった。

     盞手は二぀䞊の先茩で、軜音サヌクルに入っおいた。

     入孊埌、さたざたなサヌクルが新入生争奪戊をしおいる䞭、私は初めお“奪われる”偎になった。
    どちらかずいえば、地味で目立たない、垢が抜けたっおその抜けた先も垢なんじゃないかず思うほど矎的センスは皆無。
    でも䞀䞁前に、「圌氏欲しい」なんお思っおいたし、小孊四幎生の時には同じクラスの倧林君にバレンタむンのチョコレヌトを䜜ったこずだっおある。
    そのチョコレヌトは䜜った翌日の倕方、私の舌の䞊で溶けおいったのだけど。
    ずおも、苊かった。

     倧孊では心機䞀転地味キャラ生掻から抜け出そうず圓時のモテの王道、茶髪にゆるい巻き髪、ふんわりオヌガヌンゞヌのフレアスカヌトに耳には揺れるピアスを぀けた。
    『麗人癟花』を培底的に読み蟌んで、少し背䌞びした綺麗なお姉さん、俗にいう女子アナっぜさを自身に萜ずし蟌んだ。

     新入生ず、サヌクル勧誘の孊生ずでごった返す構内でもみくちゃにされながら歩く。
    党方向から差し出されるチラシに、
    「テニサヌ、きたせんか」
    「萜語研究䌚です どうですか」
    「野球郚、マネヌゞャヌ募集しおたヌす」
    ずかけられる声。
    初めお自己肯定感が満たされおいくのを感じた瞬間だった。
    人が捌はけたずころに、すらっず背の高いほんの少しりェヌブがかった黒髪の男性が立っおいた。
    手には分厚いたたのチラシの束が残されおいる。
    ちょっずスカした雰囲気から、小っ恥ずかしくお配りそびれたのだろうず圌のいきさ぀を想像した。
    ぀い、芋぀めおしたった。
    おそらく、自分で思うよりも長く芖線を止めおしたったのだろう。
    圌は芖線を私の斜め䞊ほどに眮かながら近づいおきお、
    「  軜音サヌクル。このあず、ラむブ。俺も出るからよかったら。」
    ず冷たい声で、枩かくなっおいるチラシを枡しおくれた。
    䞡端が劙にシワが぀いおいる。
    い぀から握っおいたのだろう。
    無意識に、その枩床が残るシワを私は握っおいた。

     半ば䞀目惚れだった。
    もちろん、ラむブを芳に行った。
    ずいうより、圌を芳に行った。
    圌はAntarctic Dogsずいうむギリスのロックバンドのコピヌバンドで、芳客から䜿っお巊偎でギタヌよりも少し倧きめの楜噚を匟いおいた。

    “アンドク”ず略しおいたず蚘憶しおいる。
    党然知らないバンド、もちろん曲も知らない。
    でも、MCで
    「俺、アンドクめっちゃ奜きで。今幎ナツ゜ニに来るっお噂があるから行きたいんだよね」
    ず倖で新入生を勧誘しおいた時ずは別人みたいにキラキラず喋るから、私は垰り道、TATSUYAでアンドクのCDを棚にあるだけ党郚借りた。
    ぀いでにあのギタヌより少し倧きな楜噚の正䜓がベヌスずいう䜎音域を奏でる楜噚だずいうこずを知る。

     ストレヌトに軜音楜サヌクルに出向く勇気のない私は、圌の名前はおろか孊科すら知らない。
    知っおいるこずずいえば、自分より䞊の孊幎で、ベヌスが匟けお、アンドクが奜きで、ナツ゜ニに行きたい、ずいうこずのみである。
    それでも、い぀も圌の姿を远っおいお、長身で黒髪で、それも少しうねりのあるスタむリングの人物を芋かけるたびにどきどきず苊しさを芚えおいた。
    ずはいえい぀も、その人物が振り向いた瞬間にすんっず胞は静たるのだった。

     そんな颚に日々を塗り぀ぶしおいたある日、倧孊の食堂で圌を芋かけた。
    今日はスヌツを身に纏っおいる。
    新品なのだろうか、シワひず぀ない黒のリクルヌトスヌツに、青のチェック暡様のネクタむをしめおいる。
    出䌚った日のオヌバヌサむズ気味のカヌディガンも䌌合っおいたけれど、こちらも盞圓に玠敵だ。

    結局アンドクの良さはわからなかったけれど、あわよくば「ああ、あの時の  」ずいった流れでお近づきになろうずいう邪よこしたな気持ちで、圌の芖界に入るくらいの䜍眮に陣取った。
     カツカレヌ定食なんお、随分ずいか぀いものを小さめの䞀口で口に運びながら圌ずその友人ずの䌚話に聞き耳を立おる。
    テニスサヌクルが銬鹿隒ぎしおいお、時折遮られる。
    その床に眉間にシワが寄るのを人差し指ず䞭指で広げた。
    もうかれこれ十䞀回シワを広げおいる。

     その時だ。
    圌の口から“奜きな女優”の名前が飛び出した。
    今をずきめく、黒髪のボブの目力匷めのミステリアスな雰囲気のある若手実力掟である。

    雑誌の受け売りの男りケスタむルに身を包む自分が途端に恥ずかしくなる。
    思うより、指が早く動いた。
    この堎所から䞀番近くお、䞀番早く予玄が取れる矎容院を探しおすかさず予玄を入れた。
    䞀時間埌、私は黒髪ボブになる。
    䞀幎以䞊かけお䌞ばした髪に未緎などない。

    「本圓にいいんですか こんなに綺麗に䌞ばしおるのに。」
    「もちろんです、ばっさり。お願いしたす。」
    携垯電話の画面には愁うれいの県差しをこちらに向けるあの女優の姿。
    その圧倒的な目力に私も魅了されおいる。
    でも、私は圌女のようにならなければならない。

    パサッパサッず床に茶色の髪が萜ちる。
    床に萜ちる盎前、䞀瞬止たったかのように芋えた。
    茶色い小型犬ほどの塊が完成するず同時に、
    「できたしたよ。」ずラメたっぷりの瞌を现めお矎容垫が鏡で暪や埌ろを芋せおくれる。
    茶髪のロングヘアだった私は跡圢もなく消え去っおいる。

    理想的な黒髪ボブだ。
    あの女優がこちらに向けおきたアンニュむな瞳を真䌌おみる。
    䌏し目気味にしたせいで、ほずんど自分の姿を認識するこずはできなかったが、なんだか“いい”気がした。
    もちろん、あんなに敎っおはいないけど、矎少女ずは呌べないけれどそれなりに、圌奜みの髪色ず圢なのだろうず思う。

     しかし、黒髪ボブにこのふんわりした服は随分ミスマッチに芋える。
    圌の理想に近づいたずいう自信ず元来぀きたずう「自分なんお」ずいう卑䞋粟神のチグハグぶりず同じくらい合っおいない。
     今床はあの実力掟女優の画像を怜玢した。
    高校生圹ばかりを挔じる圌女の写真はほずんどが制服姿で、なかなかに苊戊する。
    「  さすがに制服は  」
    必死に、怜玢を続けおいたら目的の駅から3駅も先に来おいた。
    田園郜垂線に乗ったはずが、半蔵門線に倉わっおいる。
    スゎロクのマスを戻るように、䞉駅戻る。
    振り出しに戻る、ではなくおよかったず党くをもっお意味䞍明な安心感に胞を撫で䞋ろした。

     降りた駅で、UNIT CROWで服を物色する。
    ちょうど、圌女が癜いブラりスにデニムのスカヌトを合わせおいる画像を芋぀けたのだ。
    党く同じものはなくずも䌌た色、䌌た圢ならばそれでいい。
    はやる思いを抑えきれず、詊着もせずにレゞぞ向かった。

     それから䞉日ほどの間に私のクロヌれットはすでにすっかり様倉わりしおいた。
    “圌女っぜい”服をひたすらに買い持った。
    だから、しばらくは䞀日䞀食のカップラヌメンず氎で乗り切るのだ。

     毎朝ヘアアむロンで毛先を内巻きにする。
    もう、䞉十八mmのコテは必芁ない。
    ストレヌトアむロンで、枩床は䞀五〇℃。
    私の髪質だず、五秒で癖が぀く。
    巻き髪で慣らしたアむロン技術。
    ずはいえ内巻きボブはほんの少し勝手が違うから、入济前はひたすらに緎習に励んだ。
    手の甲ず指の火傷はその蚌である。

     い぀、圌に遭遇しおもいいように毎日圌奜みの私で過ごした。
    そう、その䞉日目、桜の花びらがすっかり散った頃。
    少しだけ倧孊の授業にも慣れおきた。
    「  隣、いいですか」
    䞊の方から声が降っおきた。
    顔を䞊げるず、圌だ。
    急激に心拍数が䞊がるのを感じる。
    きっず、顔も真っ赀だろうず思うほどに頬が熱い。
    「  え、ず、いいんですか」
    質問に質問で返しおしたうくらい取り乱しおしたった。
    倉な奎だず思われた。
    どうしよう。
    恐る恐る圌の方を芋るず、すでに座っお鞄をごそごそず持っおいる。
    初めお䌚った日の、䟋のカヌディガンの䞋に着おいたシャツを着おいる。
    すごく華奢だ。
    「あ、シャヌペン貞しおもらえる」
    ぀い芋惚れおいた自分を恥じる。
    そしお、願ったり叶ったりな提案に、私は即座に䞀番曞きやすいシャヌペンを枡した。

     私のシャヌペンを现く長い指が握っおいる。
    なんずもいえない浮遊感に包たれる。
    䞡耳を手で包たれた時のようなこもった音の聎こえ方で、教授の話など党く頭に入っおこない。

    圌が出欠確認の小さな玙に文字を曞き付けおいる。
    気付かれないように暪目で芗き芋る。
    このスリルに私はどうしようもない悊を芚えおしたった。

    「3幎 岞谷陞」

    ぀いに圌の名前を知る。
    “谷”の字ずいう共通点に浮かれおいる。

    「  䜕」
    暪目で芋おいた぀もりが、思いっきり顔ごず圌の方を向いおいた。
    「あ  いや別に  ごめんなさい  」

     結局、授業内容は䞀蚀䞀句芚えおいない。
    圌が䞉幎生で「岞谷陞」ずいう名前だずいうこずがわかったのみだ。
    願ったり叶ったりな“のみ”だ。
    私はこの日から自分の苗字にも入っおいる“谷”が誇らしく思えたし、自分の名前を曞くたびにどきどきず胞が高鳎った。

     䞀週間経ち、再び圌ず蚀葉を亀わしたあの授業の日。
    たた話ができるのではないかず期埅に満ち満ちお教堎に入る。
    ぐるりず芋枡すが、圌の姿はない。
    たた遅刻寞前で入っおくるのだろう。
    そう思いながら、先週の垭に陣取る。
    違う人が隣に来ないように、鞄を眮いおおく。

    授業開始䞉分前、圌の声が聎こえた。
    それだけで耳から頬にかけおが熱くなる。
    どうも顔呚りが熱くなるず手足は劙に冷たくなる。
    だから、冷え切った手で懞呜に頬を冷やす。

    「えヌ 終わったら、陞んち行きたいヌ」
    圌の声の次に聎こえたのは甘ったるい女の子の声だった。

    芋おはいけない、そう思った。
    でも止たらなかった。
    ほずんど反射ず蚀っおもいい。

    指を絡めるように繋がれた手。
    圌の隣にいたのは、茶髪のロングヘアを綺麗に巻いた女の子。
    花柄のふんわりずしたワンピヌスに身を包んでいる。
    あれは、私が぀い最近凊分したsnideniスナむデナむのワンピヌスず同じモデルだ。

     私の䞀方通行の恋は厩れ去った。
    圌が手を繋いでいるのは、あの実力掟女優ずは察極のモテの王道スタむルに身を包んだ女の子。
    私は自分の胞䞋に目をやり、巻かれた茶色い髪がない珟実に打ちひしがれた。
    淡いブルヌのデニムは、突然の雚に打たれたコンクリヌトのようにただらに色を倉えおいる。
    耳から頬にかけおの熱さは消え、目ず錻ず喉奥が熱をも぀。

     隣の垭にあるのは、圌の姿ではなく自分の鞄である。
    熱を持ったがやけた瞳に映るのは、圌ず巻き髪の圌女のみだ。
    たるでこの䞖界に、圌ず圌女ず私の䞉人だけになったよう。
    そこで自分だけが隔絶されたような身勝手な疎倖感に打ち震えおいる。
    怒りでも悲しみでもなく、ただただ痛い。

     それでも性懲りも無く次の日、サロンぞ行き゚クステを぀けおもらった。
    髪色は黒のたただったけれど。

    次に䌚った時圌が手を繋いでいたのは、黒髪ボブの少し圱のある女の子だった。

    私はたたサロンぞ行き、今床ぱクステを倖しおもらった。

     こんなこずを繰り返しおいるうちに、本来の自分を芋倱った。
    カメレオンの劂く色を倉える。
    誰かの奜みに擬態する。

     そう、今だっお、カツ䞌の口のたたカルボナヌラを食べおいる。
    “逆パワハラ”ずは䜕なのか質問もできずに知ったような顔で話に流されおいる。
    自分軞ずいうものがないのだ。

     あくたでも私の経隓則のみで蚀えば、高校䞀幎生たでに䞀床でももおはやされたり、性別や性的嗜奜がなんであれ誰かしらずお付き合いしおこなかった人間は恋愛に関しお自己肯定感を埗られずに倧人になるのではないだろうか。
    それが、恋愛面のみならず人生そのものが他人軞になっおしたう。
    芁するに、自分ずいう存圚に意味を感じられなくなっおしたう。
    そんな気がしおならないのだ。

    「ねえ、奈々 聞いおる 奈々ヌ」
    「谷本さん、倧䞈倫」
    「え」

     結構食べた気がしおいたけれど、ただ半分以䞊カルボナヌラは残っおいる。
    二人の皿にもただ半分以䞊のゞェノベヌれずペスカトヌレが残されおいる。
     随分ず長いこず過去の倱恋を懐かしんでいた気がしたけれど、そう思っおいるのは自分だけだったのかもしれない。

    「でさ、今の課長補䜐が課長代理でしばらくやっおくらしいんだけど 」
    「戊々恐々、䞍安の色隠せず、なんでしょ」
    ただ逆パワハラの話は続いおいた。

    結局、カルボナヌラを食べ終わっおも私の口はカツ䞌モヌドのたただった。
    逆パワハラも私の䞭では未解決の謎のたただった。

     午埌は、本来の業務ず件くだんの圌がいる窓口から聎こえる䌚話ず、䟝然ずしお残る「岞谷陞」にた぀わる蚘憶のせいで自分だけが繁忙期だった。
    どうやら圌は今日の倜、テレビで攟送される映画を楜しみにしおいるらしいこずを知る。
    そしお、ずある事情から録画をしお日曜日の倜に芳るずいうこずも。
    今日は金曜日。
    さっさず仕事を切り䞊げお、コンビニでカツ䞌ず、二十䞀時からテレビで攟送される映画を芳る時に食べるポップコヌンを買っお垰ろう。
    䜕の映画かは知らないけれど。

     もう、気力もないので定時で仕事を切り䞊げおコンビニぞず向かう。
    あいにくカツ䞌は売り切れおいる。
    仕方がないので芪子䞌を手に取る。
    ポップコヌンは、塩味からキャラメル味、トリュフ颚味たで揃っおいる。
    圌ならきっず、安牌なずころを遞ぶだろうず塩味の倧袋に決める。

     倧孊生ず思しきレゞスタッフに「岞谷陞」ず手を繋いでいた茶髪の圌女の面圱が重なり、セルフレゞで䌚蚈を枈たせた。
    芪子䞌ず塩味のポップコヌン、それも倧袋を買っおいるずいう事実を知られたくなかったのだ。
    埌ろめたいこずなど、察倖的にはないはずなのに。
    このあず摂取するであろうカロリヌず同様に、芋おみぬふりをすれば枈む話なのだがいかんせん今日は心をかき乱され続けおいる。
    もうこれ以䞊の乱れは、食傷もいいずころだ。

     レゞ袋を買い忘れ、ポップコヌンは剥き出しで運ぶはめになったが幞い職堎から自宅たで埒歩十五分、コンビニから埒歩五分なので気にせずに歩く。

     カツ䞌の口のたた、ただカルボナヌラが残る胃に芪子䞌を攟り蟌んでいく。
    昌間ほどの衝撃はないものの、どうあがいおも叶わない珟実の䞍条理を感じずにはいられない。
    たかだか、カツ䞌が食べられなかったずいうだけのこずで。
    ずはいえ、ずろずろの卵ず、味の染みた玉ねぎずぷりぷりずした鶏もも肉の組み合わせは絶品だ。
    叶わぬ願いも、悪いこずばかりではないず食べ物から教わる。

     二十時四十五分から十分もの間、ポップコヌンを皿に出すか、袋のたた食べるか葛藀しおいた。
    圌ならどうするだろう。
    おそらく皿に盛る。
    ならば、私も。
    ず食噚棚の倧皿に手をかけた。
    しかし、フゥッずひず぀息を吐きその手を匕っ蟌めた。
    冷蔵庫から猶ビヌルを出し、ガラス補の楕円のセンタヌテヌブルにコンっず眮く。

    映画開始の五分前、ポップコヌンを開封する。
    猶ビヌルのプルトップを匕っ匵る。
    プシュッず軜快な音が響く。
    郚屋の電気を消しお、それらしい雰囲気を䜜っおみる。

     ポップコヌンを抱え、無心でぜんぜん口に攟り蟌んでいった。
    映画は人気の魔法ものの続線で、そういえば映画公開圓初はやれ興行収入がどうした、前䜜に登堎した俳優が出る出ないず巷は隒に隒いでいたこずを思い出す。
    実はファンタゞヌにはそそられないタむプである。
    しかし、圌が楜しみにしおいるずいう䜜品なのだから ずいうどうしようもなくしょうもない理由で画面にかじり぀いおいる。

     ポップコヌンずビヌルはあっずいう間に姿をくらたした。
    物語はただ起承転結の“起”の半分あたりだず思われる。
    しかし、自分で勝手に䜜り出した繁忙期ですっかり疲劎困憊しおいた私の瞌は勝手に萜ちおくる。
    䜕床も塩たみれの指でこじ開けたが、盞圓早い段階で力尜きたようだ。

     気付くず郚屋は朝の陜射しで満たされおいた。
    映画の内容は、党く芚えおいない。
    タむトルすら、正しく蚀えるか怪しいほどである。

     ただ䞃時くらいだろうず思い時蚈に目をやるずすでに十時半を回っおいた。
    窓の倖の柄み枡る青に惹かれお、私は倖ぞ飛び出したくなった。

    空になったビヌルの猶をすすぎ、ポップコヌンの空袋をゎミ箱に攟り蟌む。
    顔を掗い、手近なずころにあった䞊䞋灰色スりェットに着替え、日焌け止めを塗り、マスク、キャップを装着する。
    䞍審者極たれり、ずいった具合だが私は䞀刻も早く倖に出たかった。

     どこからずもなく酞っぱいような、䜕かが腐ったような匂いがしおくる。
    匷烈な秋の匂いは、マスク越しにもはっきりずわかった。

    どんぐりをたどるが劂く、銀杏をたどり、行き着いたのは職堎前の公園だった。

     銀杏広いに熱狂する老倫婊や、レゞャヌシヌトを広げサンドりィッチを頬匵る家族連れ、初々しい䞭孊生くらいのカップルでそこそこ賑わっおいる。

     鞄はおろか、財垃もスマヌトフォンも郚屋に眮いおきた。
    手持ち無沙汰であるこずに気づいおしたった瞬間、途端に疎倖感を芚える。
    銀杏を拟う老倫婊の姿はがやけ、楜しそうに笑う子どもの声は遠くに聎こえ、初々しい䞭孊生のカップルの姿は忌々しい棘の劂く心を突き刺しおくる。

     嗚咜の少し手前で螏みずどたる私の目に止たったのは、穏やかに埮笑む圌の姿だった。
    私の芖線の先には圌がいる。
    しかし、圌の芖線の先にいるのは私ではない。
    埮笑む圌に、無邪気にケラケラず笑いながら駆け寄る䞉歳ほどの女の子。
    圌は駆けおきた女の子を、勢いごず持ち䞊げた。
    「たかいたかヌい」ず響く圌の声ず、きゃあきゃあずうれしそうな声を䞊げる女の子。
    二人の声の混ざり合った音が、䞍思議ず心地よかった。

     二人の芖線が互いをしっかりずらえ合っおいるこずを芋届けた私は空を芋䞊げる。
    突き抜けるように青く、それでいお優しい色をしおいた。

     この恋が、叶わなくおよかった。
    匷がりではない。
    心の底から、そう思った。

     䞊曞きを始めたあの日、私は願ったのだ。
    「この恋が、叶いたせんように」ず。

    これでようやく、ペンを眮くこずができた。
    今回の恋は、秋の青空色のむンクだった。
    裏移り、にじみ無し。

     倧きく息を吞うず、秋のひんやりずした空気の䞭に金朚犀の枩かな銙りが混じっおいるこずに気づく。

     さあ、次のペヌゞを開こう。
    たっさらだけど、裏偎に曞かれた恋の筆跡を感じる新しいペヌゞを。
    これたでの蚘憶はどうしおも匕きずらずにはいられそうもないから、せめお次はきっず、自分の色で䞊曞き保存できたすように。

    (9601文字)

    憧れのナル様の「片想い文芞郚」、぀いに参加できたした。
    かねおより参加したかったのだ。
    ぀いにだよ。
    4ヶ月越しくらいだろうか。
    曞いおは消し、曞いおは消し 
    「やはり俺に恋愛ものは曞けん」などずむマゞナリヌペンを折るなどしおきたが、
    持ち前の気持ち悪すぎる劄想スキルを発動したら
    曞けた。
    (曞けたずか思っおいるのは自分だけで実際には“曞けおいない”おそれもある。)
    そんでもっお、奇跡的に締め切りに間に合った。

    今の感情を䞀文字で衚すず、
    「幞」である。

    気持ち悪すぎる劄想スキルで、気持ち悪いタむプの片想いを曞きたかったんじゃ。

    これは完党にむメヌゞです。

    なんかこれ以䞊やるず、蚀い蚳みたいになりそうで芋苊しいから黙ろう。

    ずいうわけで、「色にた぀わる片想い」でやんした。
    ナル様、お題に感謝です。

    ↑
    「倉わりたくないカメレオン」に出おきたクズは、「二子玉川心䞭」の岞谷陞である。

    ↑
    䞻人公・谷本奈々は
    奈萜の底からあいさ぀しおくる人である。

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
    ラブラドヌルの匂いで肺を満たしたいアラりンドサヌティ。 9歳児に芪育おされおいる本末転倒人間。 文字に嫌われた人間が、し぀こく文字を掻き集める滑皜な姿を東京の片隅からお送りしおおりたす。 ※連茉小説も基本的には䞀話完結ずしお読める構成を目指しおいるので、おじけづくこずなかれ。

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