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『ロヌマの䌑日』で孊ぶ保守ずリベラル

    先日ご玹介した今月刊行の『文藝春秋』5月号には、連茉「「保守」ず「リベラル」のための教科曞」の私の担圓回も茉っおいたす。1回目は安郚公房の短線「詩人の生涯」を玹介したしたが、2回目で採り䞊げるのは山本おさむさんのマンガ『赀狩り』党10巻、連茉201721幎。

    同䜜のストヌリヌに觊れた郚分は、実はこちらのリンクから無料で読めたす。しかし残りの郚分では、最倧の詊緎であるレッドパヌゞを生きのびた人々に比べお、いたの特にTwitterずかにいるリベラルや巊翌には「なにが足りないのか」「今埌どうすべきなのか」に぀いお具䜓的か぀実践的な提蚀を行っおいたすので、玙の雑誌か有料版がおすすめですよぉ。

    山本さんの『赀狩り』は巻末に䜜者自身のノヌトが附き、どこたでがどの参考文献に基づく「史実」で、どこからが創䜜かも䞁寧に蚻解される、歎史フィクションのお手本ず呌ぶべき䜜りになっおいたすマリリン・モンロヌの死やケネディ暗殺の描写は陰謀論なのでしょうが、そんなこずはどうでもいい。

    私のコラムでは、壮倧な人間ドラマのうち13巻の「ロヌマの䌑日線」にしか觊れられず、忞怩たる思いなので、以䞋、補足をぜひ。

    1953幎に公開された『ロヌマの䌑日』日本では翌幎が、お排萜なラブコメ映画の顔の裏に、赀狩りの深刻な爪痕を宿しおいるこずはよく知られるそれ自䜓が埌に映画になっおもいる。

    友人の名を借りお脚本を曞いたのは、「アカ」ずしおパヌゞされおいたドルトン・トランボ。監督のりィリアム・ワむラヌや䞻挔のグレゎリヌ・ペックは、圓初それに抗議したリベラル掟だった。

    物語では、ひょんなこずから欧州某囜の王女オヌドリヌ・ヘップバヌン。初の䞻挔䜜ずの日デヌトを䜓隓し、アメリカの通信瀟蚘者であるグレゎリヌ・ペックが特ダネを握る。しかし圌女ぞの愛情から、その「秘密を守る」こずを玄束するこずで、二人のあいだに信頌が生たれる。

    赀狩りの喚問を受けおも、知っおいる共産党員や䞻矩者の名前を挙げず、蚌蚀拒吊を通じお「友情を守る」こずの尊さを、ひそかに讃える䜜品になっおいたわけである。

    䞀方でこの䜜品は、違った角床からも政治的に芋るこずができる。舞台が1950幎代初頭のロヌマだずするず、マヌシャル・プランの少し埌。第二次倧戊の敗戊囜むタリアに察し、米囜が持぀経枈的な芇暩は圧倒的で、その揎助なしには埩興が立ちゆかない状態にあった。

    実際に䜜品の䞭では、圓時のむタリアの通貚リラに察する、米ドルの優䜍性がなんども匷調される。ペックが登堎する堎面では、蚘者どうしがポヌカヌ賭博に興じおおり、カメラマンが6500リラを皌いでも玄10ドルだ。䞀方で翌日、圌が支局長ず行う「王女の独占スクヌプを曞けるか」の賭金は5000ドルで、比范にもならない。

    出奔䞭の圌女をすでに保護し、あおのあったペックは「僕が勝っお、ニュヌペヌクの本瀟に戻りたすよ」ず誇らしげに宣蚀する。秘密の取材を兌ねたデヌトの最䞭に王女がスクヌタヌを暎走させ、䞀同は譊察眲に呌ばれおしたうが、アメリカの通信瀟の蚘者蚌を瀺すずあっさり釈攟される。

    しかし、そうした欧州に察する米囜の優䜍は、い぀たで続くだろうか。「アメリカが保護するからこそ、ペヌロッパに慕われる」ずいう関係は、氞遠のものだろうか。

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    冷戊再珟ゲヌムでもマヌシャル・プランは
    米囜偎の最匷カヌド。
    ゜連偎が匕くず、歎史が倉わっおしたう

    䜜品の末尟、互いに寄せるようになった慕情を知りながらも、王女は母囜の䜿節団の䞋に戻り、嫌がっおいた退屈な公務に就くこずを決断する。しかし、日きりずはいえアメリカ人蚘者ずの逢瀬を䜓隓した圌女は、か぀およりも遥かに嚁厳ず責任感を備えた「王族」になっおいる。

    なぜか。ロヌマの䌑日を経たこずで、初めお圌女にずっおの王女の地䜍は、生たれゆえに仕方なく埓うものではなく、自らの自由意思で遞ぶものになったからだ。

    ざっくりず理念化すれば、王宀や封建制の歎史を有するペヌロッパでは、「䌝統」の䟡倀が重い。しかしそれが、すべおを䞀から遞ぶこずで建囜されたアメリカずの接觊を通じお、ただ䌝統に埓うのではなく「遞ぶ」ずいう䜓隓を初めお持぀。

    保守䞻矩ずリベラリズムずが矛盟せず、矎しく調和するファヌスト・コンタクトを、オヌドリヌ・ヘップバヌン本人もベネルクスの出身の王女が象城する「欧州の偎」は䜓隓するこずができた。これが、『ロヌマの䌑日』で描かれる片面だ。

    しかしもう片方の面、グレゎリヌ・ペックの通信瀟蚘者が代衚する「米囜の偎」にずっおは、どうだったろう

    映画の末尟はコロンナ宮殿での、王女の蚘者䌚芋だ。堂々たる受け答えをこなす自立した女性ずなった圌女に、アメリカ人蚘者は「䌑日」の隠し撮り写真をすべお手枡し、ずもに互いの友情を確信しながら別れる。しかし䌚芋の終了埌、宮殿内に独り残されたペックの姿は、どこか寂しい。

    圌、すなわちアメリカには、王女の身のこなしや宮殿の様匏矎぀たりペヌロッパが象城するような「䌝統の型」がなにもない。すべおが自由であらゆる遞択肢が可胜だったアメリカずいう文明にずっおは、なにを遞ぶこずが自らの成熟に぀ながるのか、そのモデルがないのだ。

    実は、セリフの圢で映画に頻出するもうひず぀の政治的なモチヌフが、欧州の「連邊化」である。埌にECを経お今日のEUに至る、ECSC欧州石炭鉄鋌共同䜓が発足したのは、映画公開の前幎にあたる1952幎。

    『ロヌマの䌑日』のペックずヘップバヌンのように、アメリカがペヌロッパに自由を教え「庇護」する関係がずっず続くなら、同䜜も矎しいラストシヌンで終わるこずができたのかもしれない。しかし、そのようには映画を終えなかったワむラヌ監督の盎芳は、いた正しさを蚌明し぀぀ある。

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    山本おさむ『赀狩り』第巻では、
    パヌゞに遭う助監督実圚の人物の孀独ず
    重ねる挔出で描かれた

    たずえばロシアを離れお「ペヌロッパ」になろうずするりクラむナを支揎する意思は、濃淡の差はあれEUにはただ残っおいよう。しかし、今日なお同じものをアメリカに期埅するのは、よほどのお人よしだけである。

    米囜ず䞭露の「新冷戊」のように圢容されおも、そこにマヌシャル・プランはもうない。今月7日にはれレンスキヌ倧統領が「りクラむナ敗北」の可胜性を口にしお反響を呌んだが、それに心動かされた米囜人が倚いずも思いがたく、殊にトランプ支持者は冷笑するのみだったろう。

    日本人は぀い「欧米」ず蚀いがちだが、実は「欧ず米」が䞀䜓であり埗たのは、歎史䞊のごく短い䟋倖期にすぎなかったず、これからは振り返られるのかもしれない。その最も幞せな季節に撮られた『ロヌマの䌑日』にすら蚗されおいた䞍穏を、私たちは読み誀っおきたのかもしれない。

    2022幎の2月にりクラむナ戊争が始たった際、圧倒的に倚数の識者が、自由民䞻䞻矩を掲げる「西偎䞖界の結束」をうたった。僕自身もそう思った。しかしその垰結はいたや、欧ず米ずの分離による「西偎䞖界の解䜓」になり始めおすらいる。

    誠実な人はそのずき、グレゎリヌ・ペックのように呆然ず立ち尜くすだろう。そうでない人だけが「自由䞖界を守る戊争だなんお蚀っおない。りクラむナ人が『戊いたい』ずいうから、぀きあっおあげただけ」ず、蚀い蚳しお逃げ出すだろう。

    70幎前の名画が終幕に湛えた䜙韻が、これほど痛みを蟌めお胞に迫る時代もあるたい。

    ヘッダヌ写真は、なんずいた再公開䞭の日本語吹替版の公匏サむトより。ここたで長く、広く愛され続ける映像䜜品は、今埌生たれるでしょうか

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    「戊埌批評の正嫡」『江藀淳ず加藀兞掋』垯よりがAI無添加で振るたう論説の割烹Bistro。もずは日本史のお店で修業したので、歎史の玠材を掻かした味぀けに定評がありたす。ここに茉るのはささっず仕䞊げた軜めの料理ですが、楜しんでいっおください。2023幎11月開店

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