
9月は接吻してってば|ショートショート
そろそろ日付が変わる頃だろうか。
ソファーの上でグラスを手に取り、赤ワインを弄ぶようにゆっくり揺らしていると、俺の肩に頭を寄せながら、目の前に広がる東京の摩天楼を眺めていた翠が、俺の横顔を上目遣いで視線を送っているのが気配で分かった。
「ねえ、蒼空〜」
「あ?」
「いつになったらしてくれるの?」
「何が?」
「こ〜れ」
そう言って、翠は人差し指で、ワインで湿らせた俺の唇に、トントン、と触れてきた。
「付き合ってもう三ヶ月経ったよ。九月は接吻まではするって約束したじゃん」
確かに九月になったら接吻してもいいと言ったが、必ずするとは一言も言っていない。いつものようにとぼけたフリをする。
「俺が?そんなこと言ったか?」
「はっきり言ったよ〜。蒼空のためなら何でもするから。お願いだから接吻してってば〜」
翠は俺の右肩に両手を添えて、グイッと唇を近づけてきた。
ぷるんとしていて厚みのあるその唇を、俺はワイングラスで華麗に遮る。入っている赤ワインが大きく波を打ち、その一滴が俺の白のガウンに付着した。
こうやっていつまでも相手を焦らして、だんだんと俺の虜にしていく。
そう、手にしている赤ワインのように、俺の意のままに動かして相手の心を嬲り続けるのだ。
資産家の親父から買ってもらったタワマンの一室で、これまで何人ものオンナを虜にしては最後に吐き捨てるように追い出すこと、数知れず。
でも、翠は俺に相応しいオンナだ。このオンナは手放したくない。
そろそろ勿体ぶるのは止めよう。
ワイングラスに封じられ、シュンとして俯く翠の顎を、右手でグイっと持ち上げた。その仕草に驚いて瞳を見開く翠。その頬は少し濡れだしていた。
「これまでお預けだった俺のイカした唇、お前にくれてやるよ」
翠の濡れている頬に触れながら、俺は瞳を閉じてゆっくりとその唇を奪いに行った。
……蒼空くん……蒼空くん……蒼空くん!!
僕は、聞き覚えのあるその声で、両目をパチリと見開いた。
そこには翠ちゃんが不機嫌そうに僕を睨みつけていた。
「蒼空くん、また躊躇っているの?いつになったらキスしてくれるの!?」
「ああ……うん」
「付き合って何ヶ月だっけ!?」
「んーと。三ヶ月くらい?」
「半年だよ!!もう九月だよ?夏も過ぎちゃったよ!!」
翠ちゃんのジト目がさらに鋭さが増したようだ。
昨夜、お母さんがハマっている恋愛ドラマの一幕を一緒に観て、この感じの悪い主人公になりきってブチュっとしてしまえばいいんだと決意して、今日の放課後に半年ほど前から付き合っていた翠ちゃんを体育館裏に呼び出し、「今日はキス、するから」と伝え、逃げ場のないように追い込んだ。
ドラマのあのオトコを思い起こしながらキスしようとしたが、素に戻ってしまい、いつもの通り躊躇ってしまった。
両手を翠ちゃんの両肩に乗せる。目を瞑る。顔をゆっくりと近づける。翠ちゃんの顔に息がかからないように息を止める。あとはそのまま顔を行き止まりまで前進させるだけ。
なのに、どうしても最後の動作ができない。
翠ちゃんの冷ややかな視線に耐えられず、俯いたまま突っ立っている僕に、彼女はとうとう愛想を尽かしたことだろう。意気地のない僕に対して気の向くままに言葉の暴力をぶつけられてノックアウトされても仕方ない。
「蒼空くん!!」
翠ちゃんが名前を投げつけるように呼んできた。
もう付き合い切れないと言われ、フラれるに違いない。
「あぶない!!」
「えっ?」
翠ちゃんの叫び声と同時に、僕の後頭部に何かが勢いよく当たり、その拍子に前につんのめって、目の前の翠ちゃんに抱きつく形でその場に倒れ込んだ。
「キャッ!!」
尻もちをついて悲鳴を上げた翠ちゃんの顔に、僕の顔が重なった。
キスって、こんなにお互いの顔を埋めるほど強く押しつけるものなのだろうか。唇が重なり、お互いに瞳を合わせたまま時が止まった。
翠ちゃんの少し後ろには、バスケットボールが転がっており、まるで周囲にその瞬間をジロジロと見られているような気がして、僕の顔はますます熱を帯びた。
僕にとっても翠ちゃんにとっても大切なファーストキスは、第三者からの思いがけないアシストにより、あっさりと実行されたのだった。
■今回のショートショートは以下のマガジンに収めています😌
■小説専門マガジンに参加中です✨️
■創作が泳ぐ水族館に入館しています🐬
■綴り灯の一つとして照らしています🕯️
この作品は、甘野充さん企画【アマノ文筆クラブ】参加作品です。
今回のタイトルは、【9月は接吻してってば】です😽
お題が投稿されて書いてみようと思ってみたものの、2日間はアイデアがまるで思い浮かばず、半ば投げやりになり、何かテキトーに書いておいて一晩寝かせたらきっと「未来の俺」が何とかするだろうと思っていたら「未来の俺」だった「現在の俺」が書いてくれました🥹
ややこしい話でスミマセン😂
ここまで読んでいただきありがとうございました🍀