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Photo bykitty_demi0225

『プラダを着た悪魔2』を観て、無駄と頑固さと、主体的に生きるということ


    20年ぶりの「プラダを着た悪魔」

    『プラダを着た悪魔2』を観た。

    前作が公開されたのは2006年。あれから20年近くが経っている。にもかかわらず、俳優たちは若干の歳を感じさせるものの、相変わらず若さを保っていることに、まず驚きを覚えた。

    最初に『プラダを着た悪魔』を観たとき、アン・ハサウェイの美しさに魅了されながらも、彼女が演じるアンディが、さまざまな困難に耐えながら、自らのキャリアを構築していく姿に、自分を重ねていた。

    ミランダの「頑固さ」に共感する

    ミランダは、わがままで自分勝手な人物である。

    しかし、それゆえに、ファッションに対する確固たる信念を貫いている。その姿は、単なる「弱い者いじめ」には見えず、むしろ共感できる部分があった。

    そして、陰で支えるナイジェルの存在も好きだった。寛容で人格者でありながら、自分の仕事に対する誇りを持っている。

    こうした登場人物たちの姿が、すべて私の感情を揺さぶり、心を熱くさせてくれる。

    そして、自分自身を奮い立たせる映画として、私はこれまで何度となくこの作品を観てきた。

    今回は、その続編である。

    『マイ・インターン』で見た「その後」

    その前に、『マイ・インターン』の話もしたい。

    この作品も大好きな映画だ。

    『マイ・インターン』は、アンディがRUNWAYを去ったあと、自ら起業して成功していく物語のようにも感じられる。もちろん別の作品なのだが、私の中では前作のその後を想像させるようなところがある。

    ここでも、わがままではあるけれど仕事に対して妥協しないアン・ハサウェイと、寛容で紳士的なロバート・デ・ニーロという、大好きな俳優が共演している。

    これも何度も観てきた作品だ。

    今回も、心を熱くさせられた

    そして今回、『プラダを着た悪魔2』を観た。

    やはり、感動というより「共感」と言ったほうが近いのかもしれない。

    今回も自分の心を熱くさせられる作品だった。

    私の高級ブランドに対する評価と価値

    映画では、ブランド業界の華やかな世界が描かれている。

    私は、高級ブランドを身につけることで自分を大きく見せようとする人間が、あまり好きではない。

    しかし、なぜかこの作品の中に登場する高級ブランドに対しては、嫌悪感を覚えない。

    むしろ、高級ブランドが生み出す芸術的な作品に、さまざまな人間模様とともに、歴史や文化を感じるからなのだろう。

    華やかな世界は、芸術作品を生み出す土壌にもなっている。

    「金持ちは鼻につく。でも……」

    金持ちは鼻につく。

    しかし、金持ちがいなければ、こうした文化を継承していくことも難しいのだろう。

    そんな矛盾した感情を抱きながら映画を観ていた。

    格差社会を考えれば、富豪がブランド品を買いあさる姿には、どこか皮肉なものも感じる。

    一方で、その消費によって芸術や文化が生み出され、継承されていく。

    そこに私は、何とも言えないアンビバレントな感情を覚えた。

    効率化とAIだけでは、味気なくなる

    今回の作品では、変わりゆく宣伝媒体の中で、RUNWAYという雑誌をどう存続させるのかという問題も描かれていた。

    スマートフォンやインターネットなどのデジタル媒体が普及した現在、紙媒体によって広告宣伝を行うことが難しくなっているのは当然だろう。

    また、経費を無視して莫大な費用をかけることも、最近の風潮を考えれば許されにくい。企業としては、経費削減を求められるのも当然なのだと思う。

    しかし、何でもかんでも経費削減、効率化、そしてAIでは、あまりにも味気なくなってしまうのではないか。

    私は映画を観ながら、そんなことを考えていた。

    「無駄」こそ文化を生み出すのではないか

    「無駄」こそ、美徳があるのではないだろうか。

    ローマ時代に芸術や文化が花開いたのも、国が豊かになり、芸術にまでお金を使うことができるようになったからではないか。

    食うや食わずの生活をしているときに、芸術作品を生み出す余裕はなかなか生まれない。

    『ホモ・ルーデンス』にもあるように、遊ぶ時間と、それを支えるお金があれば、人間はそこから文化を醸成していくのではないだろうか。

    そう考えると、遊びや一見無駄に見えるものは、決して無駄ではないのかもしれない。

    最後に残った「頑固であること」

    そして、最後に感じたのは、「頑固であることは、必ずしも悪いことではない」ということだった。

    自分のやりたいことに信念を持ち、それを貫き通す。

    そして、「私は仕事が好きだ」と断言するミランダ。

    そんなミランダの姿に自分を重ねながら、ふと自分自身に問いかけてみた。

    「私は、本当にやりたいことをやっているのか?」

    私は仕事が好きだ。

    では、自分のやりたいことを、本当にやっているのだろうか。

    そう考えると、まだ人生には、試してみる価値のある仕事がたくさん残っているように思う。

    仕事だけではない。

    自分が本当にやりたいことは何なのか。

    何をしているときに、自分が主体的に生きていると感じられるのか。

    今でも、まだ答えが出ているわけではない。

    むしろ、これからなのかもしれない。

    資格を取ることと、主体的に生きること

    資格を取ったり、勉強したり、いろいろなことに挑戦してきた。

    しかし、それらを持っていることと、それを自分の人生の中で主体的に使っていることは、同じではない。

    『プラダを着た悪魔2』を観ながら、そんなことを考えた。

    まだ、試してみる価値のあることがある

    人生には、まだ試してみる価値のあることが残っている。

    だから、これからも努力してみようと思う。

    自分が主体的に生きているという実感を、もう一度取り戻すために。

     
     
    2016年から早稲田大学エクステンション中野校で、向後先生よりアドラー心理学と教える技術を学びました。 その後、放送大学へ入学、生活に役立つ知識と技能を学んでいます。人生100年時代が訪れる今後、放送大学や大学エクステンションは生涯学習として、ブームになるはずです。

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