
#2「蚊帳の外」
ある晴れた日のこと。グラスとリュカが揃って午後休をとり、大食堂へやって来た。広い空間には、明るい日光がさんさんと差し込んでいる。
二人は、真っ先に注文カウンターへ向かった。そして、タブレットをのぞき込んでメニューを見る。画面にはプリンやコーヒー等の簡単な間食が並んでいた。
「リュカは何にするの?」
「私はコーヒーゼリーと、ルイボスティーを」
画面を手早くスライドしながら、淡々と答えるリュカ。
「なんか静かな組み合わせじゃない?せっかくお休みなのに」
「静か、ですか。食品に対して用いる形容詞として些か不可解ですね」
「そんな細かいことはいいのよ!」
「では、グラスは何にするのですか?」
注文を送信し終わったリュカは、一歩右にずれてグラスに画面を見せる。今度は、グラスがタブレットの前に立つことになった。彼女は意気揚々とページをめくり、ミニパフェとリンゴジュースを選んだ。
「私はね、このミニパフェ! あと、うちで採れたリンゴのジュース!すっごく美味しいんだから!」
グラスは得意げな笑顔を浮かべて、ポチポチッと軽快に注文ボタンを押した。それを見て、リュカは眉をひそめる。
「それが"静か"ではない組み合わせなのですか」
「その話はもういいのよ!」
グラスが言ったところで、厨房の方からフラッと人影が現れた。そのままグラスとリュカが話している方へ近づいていき、グラスの顔を見るや否やニヤリと笑う。
「あ、お嬢様ちゃんだ」
好奇の声色で呼ばれたグラスは、ハッとして振り返る。
「わっ……ろ、ロビン!? びっくりしたわ!」
「ロビンソンさんですか、お疲れ様です」
驚くグラスと、挨拶するリュカ。しかし、彼はリュカには目もくれず、グラスの方へ歩み寄る。
「ねー、お嬢様ちゃん。俺さ、今ヒマなんだよねー」
ふにゃりとした笑顔と甘い声。グラスはちょっと距離を取りつつ答えた。
「あ、そっか! さっきお昼ご飯終わったばっかりで、夜ご飯の準備まで時間があるのね!」
ぽんと手を叩くグラスに、ロビンはもう一歩近寄る。
「だからさ、俺と遊ばない?」
「えっ、わ、私と!?」
ぎょっとしたグラスだが、すぐに首を振った。
「遊ばないわ! ……だってね、これからリュカとデートなの!」
ちょっと胸を張って、嬉しそうに笑うグラス。ロビンはリュカを一瞥した。
「へー。会話できなそうなコイツと? それよりさー、俺といけないことしよーぜ、お嬢様ちゃん」
ロビンがリュカを見たときの、嘲笑するかのような顔。イラッときたグラスは、むっと頬を膨らませる。
「悪い言い方しないで! リュカは会話できるわよ! た、たしかにちょっと意味分からない時あるけど……でも、リュカは優しくてすごくて、……えっと、すごいのよ!!」
「俺、かわいい女の子にはすげー優しいよ? しかも、めちゃくちゃお喋り上手で格好いいんだよ?」
「リュカだって格好いいわよ!」
一連のやりとりを一歩引いて見ていたリュカだが、グラスからの”格好いい”という単語に反応する。
「……いきなりどうしたのですか、グラス」
「だって、ロビンがリュカのこと馬鹿にするんだもん! 言い返しただけよ!」
「馬鹿に……??」
キョトン、とするリュカ。
「まさか、気づいてないわけ!?」
「いえ、会話ができなそうと評価なさっていたのはきちんと聞こえました」
「その台詞聞こえてて、なんで馬鹿にされてるの気づかないのよ!?」
驚愕するグラスであったが、リュカは何ごともなく答える。
「私は約6年かけて、執事として生きるに値する極めて高い教育と訓練を受けました。つまり、私の会話力に異常はありません。先ほどの批評は、”ロビンソンさん独自の評価基準に満たなかった”というだけのもの。私の能力不足を疑う必要はありません」
「どういう思考回路よそれ!? 自分に自信満々すぎない!?」
「いえ、己を高く見積もるような悪癖はありません。ただの事実確認です」
「また難しい言い方してる! もっと簡単に言ってってば!」
グラスの視線は、もはやロビンには一ミリたりとも注がれていなかった。手はリュカの執事服の袖を掴み、ひたすら文句を言っている。
「副執事長と一緒にいる時のお嬢様ちゃん、口説きづれーな……」
ロビンはそう呟いて、厨房に戻って行った。
しばらくして、グラスがハッとした。
「あれ? ロビン、いなくなっちゃった。いつの間に……?」
「厨房から呼び出しがあったのでしょう」
「そっか……」
グラスは、少し残念そうな顔になる。
「どうしましたか」
「たぶん、ロビンはアイを探してたのよ。図書室にいるわよって教えてあげればよかったわ」
「”アイ”……というのは?」
「あ、でも、まだ分からないの! ふふ、秘密よ、秘密!」
そこで、カウンターの呼び出しベルが鳴る。頼んだメニューが出された合図であった。
「あ、パフェ来た! 見て見て! イチゴが乗ってて可愛い!」
「私の"静かな"セットも来ましたね。では、定位置に参りましょう」
二人は大食堂の隅っこにある定位置に陣取って、美味しいおやつを堪能したのであった。
グラス・フランソワ
23歳、女性。フランソワ邸の一人娘。リュカとは恋人同士。
リュカ・ニコラ
23歳、男性。フランソワ邸で働く執事。グラスとは恋人同士。
ロビンソン・ウッド
24歳、男性。フランソワ邸で働く料理人。
――ああ、パルフェ! 現在編#2「蚊帳の外」