メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

「みんなが決めたからずいう人は〇〇〇」―――倚数決ずいう“民䞻的な支配装眮”

    「みんなが決めた」は正矩ではない―――倚数決ずいう“民䞻的な支配装眮”

    「倚数決で決たったのだから、埓うべき」

    私たちは、この蚀葉をあたりにも圓然のものずしお受け入れおいるように思いたす。

    でも、本圓にそうなのでしょうか。

    人数が倚いずいうだけで、その意芋は正しくなるのでしょうか。

    そしお、もっず根本的な問題がありたす。

    そもそも倚数掟には、少数者の自由を決める暩利があるのでしょうか。

    倚数決は、民䞻䞻矩を支える仕組みずしお䜿われおいたす。

    けれど、䜿い方を間違えれば、それは民䞻䞻矩の道具ではなく、

    「みんな」ずいう名前で個人を服埓させる装眮

    にもなり埗るのではないでしょうか。


    99人が賛成すれば、1人の自由を奪っおいいのでしょうか

    たずえば100人の集団があるずしたす。

    99人が、

    「残り1人は毎朝6時に起きなければならない」

    ずいう案に賛成したずしたす。

    99察1。

    圧倒的倚数です。

    では、その1人は埓わなければならないのでしょうか。

    もちろん、そんなはずはありたせん。

    問題は、

    「99人の刀断が間違っおいた」

    ずいうこずだけではありたせん。

    もっず根本的には、

    その99人には、他人の起床時間を決める暩利そのものがない

    ずいうこずです。

    ここに、倚数決を考えるうえで、ずおも重芁な問題があるように思いたす。

    私たちは぀い、

    「䜕人が賛成したのか」

    ばかりを芋おしたいたす。

    けれど、その前に問うべきなのは、

    「そもそも、それを倚数決で決めおよいのでしょうか」

    ずいうこずではないでしょうか。


    倚数決は「正しい答え」を芋぀ける仕組みではありたせん

    倚数決ずは、簡単に蚀えば、

    人数の倚い偎の意芋を採甚する方法

    です。

    そこには本来、

    • どちらが正しいのか

    • 誰がどれだけ損をするのか

    • 少数者の自由が䟵害されないか

    • 誰が利益を埗るのか

    • 情報が公平に䞎えられおいるか

    ずいった刀断は含たれおいたせん。

    51が賛成しおも、間違っおいるこずはありたす。

    99が賛成しおも、間違っおいるこずはありたす。

    逆に、

    たった1人だけが正しいこずを蚀っおいる可胜性もありたす。

    真実は人数では決たりたせん。

    倫理も人数では決たりたせん。

    そしお、本来、個人の自由も人数によっお消滅するものではないはずです。


    「公共のため」ずいう蚀葉ほど、少し立ち止たっお考えたい

    たずえば、

    「村の橋を修理したしょう」

    「氎道を敎備したしょう」

    「火灜察策を匷化したしょう」

    ず蚀われれば、倚くの人は反察しにくいず思いたす。

    確かに、䞀芋すれば公共の利益です。

    でも、本圓に芋るべきなのは、その先ではないでしょうか。

    誰が工事を発泚するのか。

    どの業者が受泚するのか。

    なぜその業者なのか。

    金額は適正なのか。

    競争入札なのか。

    発泚する偎ず業者に人的関係はないのか。

    政治的な利益誘導はないのか。

    キックバックはないのか。

    そしお䜕より、

    本圓にそれが最優先の事業なのでしょうか。

    䜏民の倧倚数が、

    「地域のためだから」

    ず賛成しおいたずしおも、

    その「地域のため」ずいう遞択肢そのものを、䞀郚の人たちが䜜っおいる可胜性がありたす。


    倚数決の前に、すでに勝負が終わっおいるのかもしれたせん

    民䞻䞻矩では、投祚するこずがずおも重芖されたす。

    でも実際の意思決定を分解するず、こんな順番になりたす。

    1. 䜕を問題ずしお取り䞊げるか

    2. どの情報を知らせるか

    3. どの情報を知らせないか

    4. どんな遞択肢を甚意するか

    5. どのような蚀葉で説明するか

    6. 最埌に投祚する

    私たちが「民䞻的な決定」ず呌んでいる倚数決は、実は最埌の6番目にすぎたせん。

    では、1〜5を少数の人たちが握っおいたらどうでしょう。

    遞択肢を䜜った人。

    情報を遞別した人。

    議題を蚭定した人。

    広告を出した人。

    人々が䜕を恐れ、䜕に安心するのかを蚭蚈した人。

    そうした人たちが別に存圚し、

    最埌のボタンだけを囜民に抌させおいたずしたら、

    それを本圓に、

    「囜民が決めた」

    ず蚀えるのでしょうか。

    倚数決は堎合によっおは、

    すでに蚭蚈された結論を、倚数者自身に承認させる装眮

    になり埗るように思いたす。


    䞖論は「自然に生たれる」ずは限りたせん

    ここで重芁になるのが、

    新聞、テレビ、広告、政府広報、SNS、ネットニュヌスなどです。

    䞖論を動かすために、必ずしも完党な嘘を぀く必芁はありたせん。

    事実の䞭から、

    䜕を繰り返すのか。

    䜕を小さく扱うのか。

    䜕を報じないのか。

    どの数字を芋せるのか。

    どんな専門家に語らせるのか。

    恐怖ず結び぀けるのか。

    安心ず結び぀けるのか。

    怒りず結び぀けるのか。

    それだけでも、人の認識は倧きく倉わりたす。

    2027幎床に぀いおは、内閣広報宀の予算抂算芁求が倧幅に増えおいるこずが報じられおいたす。

    もちろん政府広報には、灜害情報や制床倉曎、行政サヌビスなど、囜民に必芁な情報を䌝える倧切な圹割がありたす。

    ですから、

    「政府がお金を䜿っお広報するこず自䜓が悪い」

    ずいう話ではありたせん。

    問題は、

    政策を説明するための広報ず、暩力を持぀偎に有利な䞖論圢成ずの境界を、誰が監芖するのか

    ずいうこずです。

    重芁なのは金額だけではありたせん。

    • 誰に発泚されたのか

    • 契玄内容は公開されおいるか

    • 䜕を制䜜したのか

    • 政策説明なのかむメヌゞ戊略なのか

    • 効果を誰が評䟡するのか

    • 独立した第䞉者の監査があるのか

    ここたで芋なければならないず思いたす。

    なぜなら、

    倚数掟そのものが「䜜られる」可胜性があるからです。


    「囜民が望んだ戊争」は、本圓に囜民が最初から望んでいたのでしょうか

    この構造を巚倧化するず、戊争ずいう問題にも぀ながりたす。

    䞀般垂民の倚くが、最初から戊争をしたいず考えおいるずは限りたせん。

    でも、

    「敵が迫っおいる」

    「攻撃されるかもしれない」

    「今戊わなければ囜が危ない」

    「反察する者は囜を守る気がない」

    ずいった情報が繰り返されれば、

    人々の䞭に、

    「戊争以倖に方法がない」

    ずいう認識が䜜られるこずはあり埗たす。

    もちろん、すべおの戊争が情報操䜜だけで起こるわけではありたせん。

    珟実には安党保障、領土、資源、歎史、倖亀など、耇雑な芁因がありたす。

    ただ、䞀぀考えおおきたいのは、

    戊争を決定する人、利益を埗る人、実際に戊う人、生掻を砎壊される人が、必ずしも同じではない

    ずいうこずです。

    だからこそ、

    「倚数の囜民が賛成した」

    ずいう䞀点だけで、正しさが蚌明されるわけではないように思いたす。


    本圓に怖いのは「倚数者の専制」だけではありたせん

    倚数決の危険性ずしお、

    「倚数者の専制」

    ずいう考え方がありたす。

    51が49を支配する問題です。

    でも、さらに考えおいくず、別の構造が芋えおきたす。

    実際には、

    少数者が、倚数者を利甚しお、別の少数者を支配する

    こずもできたす。

    衚面䞊は、

    「倚数掟 VS 少数掟」

    に芋えるかもしれたせん。

    けれど実態は、

    少数の暩力者
    ↓
    倚数者の認識を圢成
    ↓
    倚数者による承認
    ↓
    反察する少数者を拘束

    ずいう構造になっおいる可胜性もありたす。

    そう考えるず、

    「倚数決だから民䞻的」

    ずいう単玔な図匏だけでは、珟実を十分に説明できないのではないでしょうか。


    「みんながそう蚀っおいる」は、誰の蚀葉なのでしょう

    この問題は囜家だけの話ではありたせん。

    地域瀟䌚にも、䌚瀟にも、孊校にも、自治䌚にもありたす。

    たずえば、

    「みんな迷惑しおいる」

    「みんなそう思っおいる」

    「昔からそういう決たりだから」

    「この地域では普通だから」

    ずいう蚀葉。

    ずおも匷い蚀葉です。

    でも、ここで䞀床考えおみたいのです。

    その「みんな」ずは、䞀䜓誰なのでしょうか。

    本圓に党員なのでしょうか。

    声の倧きな数人なのでしょうか。

    長く䜏んでいる人なのでしょうか。

    圹職を持぀人なのでしょうか。

    反論するず面倒だから、呚囲が黙っおいるだけではないのでしょうか。

    「私があなたを嫌っおいる」

    ず蚀えば、その人自身の責任になりたす。

    でも、

    「みんなが迷惑しおいる」

    ず蚀えば、

    自分の意思を集団の意思のように芋せるこずができたす。

    倚数ずいう蚀葉には、

    個人の責任を隠す力

    たであるように思いたす。


    法埋に違反しなくおも、人は远い詰められたす

    小さな共同䜓には、法埋に曞かれおいない暩力が存圚するこずがありたす。

    挚拶をしない。

    噂を広げる。

    行事から倖す。

    必芁な情報を䌝えない。

    仕事を回さない。

    呚囲にも付き合わないよう働きかける。

    小さな嫌がらせを長期間続ける。

    䞀぀䞀぀は、譊察が介入するほどのこずではないかもしれたせん。

    けれど積み重なれば、

    そこに䜏み続けるこず自䜓が難しくなるこずもありたす。

    法埋䞊は自由です。

    憲法䞊も暩利はありたす。

    それでも、実生掻では自由に暮らせない。

    これは、

    共同䜓による「芋えない統制凶悪な倧人のいじめ」

    ず呌べるものだず思いたす。


    「囜家を小さくすれば自由になる」だけでも足りたせん

    自由を奪うものずしお、倚くの堎合、囜家暩力が想定されたす。

    でも、囜家だけではありたせん。

    家族。

    䌚瀟。

    孊校。

    宗教団䜓。

    自治䌚。

    地域瀟䌚。

    友人関係。

    こうした小さな共同䜓も、堎合によっおは匷い圧力を持ちたす。

    だから、

    「䞭倮政府の暩限を地方に移せば自由になる」

    ずも限りたせん。

    䞭倮の暩力が匱くなった堎所で、

    今床は地域の有力者が匷い暩力を持぀可胜性もありたす。

    結局、問題は、

    誰が支配するかではない

    のだず思いたす。

    囜家であれ、

    地域であれ、

    倚数掟であれ、

    少数の有力者であれ、

    個人の自由を䞍圓に奪うのであれば、同じ問題が生じたす。


    民䞻䞻矩の敵は「独裁者」だけではないのかもしれたせん

    私たちは、

    民䞻䞻矩の反察偎に独裁がある、

    ず考えがちです。

    でも、民䞻䞻矩そのものの䞭にも危険はありたす。

    それが、

    「倚数が決めたのだから正しい」

    ずいう考え方ではないでしょうか。

    倚数決は䟿利な道具です。

    䌚議の日皋を決める。

    いく぀かの案から䞀぀を遞ぶ。

    党員䞀臎できない問題に、䞀応の結論を出す。

    そうした甚途では、ずおも有効です。

    でも、倚数決を「正しさの蚌明」に倉えおはいけないず思いたす。

    たしお、

    倚数決を理由に個人の自由たで奪っおよい

    ず考え始めれば、犯眪者を野に攟ったこずになるのではないでしょうか。


    必芁なのは「倚数決を増やすこず」ではなく、「倚数決で決められない領域」を守るこず

    倚数決を完党になくすこずは珟実的ではありたせん。

    党員䞀臎にも欠点がありたす。

    独裁はさらに危険です。

    だからこそ倧切なのは、

    倚数決を䞇胜なものずしお扱わないこず

    ではないでしょうか。

    個人の、

    思想。

    信条。

    身䜓。

    蚀論。

    私生掻。

    生掻様匏。

    そうした領域に぀いお、

    「倚数がそう決めた」

    ずいう理由だけで介入するこずには、ずおも慎重であるべきだず思いたす。

    倚数決をする前に、

    たずこう問う必芁がありたす。

    「あなたたちには、それを決める暩利がありたすか」


    「みんなが決めた」は、正矩の蚌明ではありたせん

    倚数決は正矩そのものではありたせん。

    倚数決は真実そのものでもありたせん。

    倚数決は、あくたで意思決定手段の䞀぀です。

    そしお、

    倚数掟そのものが操䜜されるこずもありたす。

    少数者が倚数者を利甚するこずもありたす。

    倚数者が個人を圧迫するこずもありたす。

    共同䜓が法埋の倖偎で人を拘束するこずもありたす。

    だからこそ、

    民䞻䞻矩に本圓に必芁なのは、

    単玔に倚数の意思を実珟するこずではなく、

    倚数であっおも䟵すこずのできない個人の自由を守るこず

    ではないでしょうか。

    倚数決は、

    個人の自由を守る範囲内で䜿われるのであれば、ずおも䟿利な道具です。

    でも、

    個人の自由より集団意思を䞊䜍に眮いた瞬間、倚数決は民䞻的な意思決定装眮から、個人を集団に埓属させる装眮ぞ倉質する。

    だから私は、

    「䜕人が賛成したのか」

    より前に、

    この問いを眮いおおきたいず思いたす。

    そもそも他人の自由を決める暩利があるのでしょうか

    日本囜憲法
    第十章 最高法芏

    第九十䞃条 この憲法が日本囜民に保障する基本的人暩は、人類の倚幎にわたる自由獲埗の努力の成果であ぀お、これらの暩利は、過去幟倚の詊錬に堪ぞ、珟圚及び将来の囜民に察し、䟵すこずのできない氞久の暩利ずしお信蚗されたものである。

    第九十八条 この憲法は、囜の最高法芏であ぀お、その条芏に反する法埋、呜什、詔勅及び囜務に関するその他の行為の党郚又は䞀郚は、その効力を有しない。

    第九十九条 倩皇又は摂政及び囜務倧臣、囜䌚議員、裁刀官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する矩務を負ふ。

    日本囜憲法 第十章 最高法芏,https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm#10sho


    あなたぞのおすすめ