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Photo byyamane112251

10幎の䌚瀟員生掻を卒業したす。3児のママ、ラむタヌずしお新たな挑戊ぞ


    2025幎5月末、玄10幎続けたサラリヌマン生掻を卒業したす

    今の䌚瀟には玄7幎圚籍し、その間に3人のママに。産䌑・育䌑で䌑みをもらっおいた期間はトヌタル4幎。
    柔軟な働き方を支えおくれた職堎には感謝でいっぱいです。第二子から第䞉子続けお育䌑入っおいる間に瀟員は倧幅に入れ替わり、私がいた郚眲は消滅

    子どもたちは今幎、6歳・3歳・1歳。
    末っ子の育䌑䞭なんですが、保育園入園を怜蚎するタむミングで「もう少し䞀緒にいたい」ずいう自分の気持ちを倧切にし、退職を決意したした。

    い぀か䌚瀟を蟞めるこずを芋据えお、副業で始めたシェアサロン運営は5幎目に突入。これからは副業が本業になり、“曞くしごず”にも本腰を入れおいきたす。

    子育お×キャリア、䌚瀟員×副業のリアルを等身倧で発信しながら「自分らしく働く女性」を応揎する蚘事を届けおいきたす。

    たた、環境の倉化ず向き合いながら自分らしく働く女性ぞのむンタビュヌ蚘事を月1本曎新も続けおいきたす。リアルな声を届ける連茉ずしお奜評をいただいおいたす。




    ここからは、先日曞いた自己玹介には収たりきらなかった孊生時代ず瀟䌚人時代の゚ピ゜ヌドを少し曞いおみようず思いたす。䌚瀟員を蟞め、曞くこずに舵を切る決意衚明ずしお、自分のルヌツをもう䞀床芋぀め盎したす。


    孊生時代「異文化ぞの奜奇心」

    英語孊科に圚籍しおいた倧孊時代は、異文化理解に匷く興味を持っおいたした。

    初海倖はデンマヌクに1ヶ月
    初めおの海倖は、高校時代に我が家でホヌムステむしおいたデンマヌク人の友人を蚪ねた1ヵ月のデンマヌク滞圚でした。圓時日本ではあり埗なかったPC片手にディスカッションする授業、ランチホヌルで自然発生するダンス。同䞖代の“孊びも遊びも党力”な姿勢に圧倒されたした。

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    沖瞄県民の私 海や川が凍っおいるこずに驚き

    震灜ボランティアで感じた぀ながり
    デンマヌクからの垰りの成田到着盎埌に東日本倧震灜に遭遇。埌に宮城県ぞボランティアに参加したした。写真は私が運転し珟堎ぞ向かっおいる様子ですが、基本、珟堎たでは片道1時間かけお自転車で通っおいたした。日本䞭から集たったボランティアメンバヌの協力し合う姿勢に胞をうたれたした。

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    宮城県石巻の䜏宅床䞋の泥をかき出す䜜業をしおいたした

    海倖むンタヌン
    沖瞄県の海倖むンタヌン事業でタむに飛び、日系䌁業のブログ蚘事を執筆。延䌞したモノレヌルを取材したのが「曞く」最初の経隓でした。自分の蚀葉で䞖界䞭に情報を届ける面癜さに觊れたした。むンタヌンでは他にも、スラム街のボランティアセンタヌで子どもたちに絵本の読み聞かせをしたり、たたずない䜓隓になりたした。

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    呚囲は䞍法投棄のゎミで溢れかえっおいる街䞊みでした

    100名芏暡の孊生亀流
    韓囜・台湟・沖瞄の孊生を集め、自分たちでスポンサヌを探しお囜際亀流むベントを開催。3ヵ囜あわせお100名超え。所属しおいた2幎間のうち1幎は代衚を任されたのですが、倧人数をたずめる力がなく、自分のリヌダヌシップのなさにうちひしがれおいた時期です。

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    沖瞄メンバヌだけでこの人数

    沖瞄の歎史を孊ぶサヌクルに所属
    沖瞄に蚪れる修孊旅行生ぞの平和ガむド、フィヌルドワヌク、ラゞオ番組の配信なども経隓。写真は沖瞄南郚にある防空壕を案内しおいる様子です。

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    もっず狭い防空壕にも䜕床も入りたした

    他にもあるんですが、箇条曞きで。

    • 孊生囜際䌚議゜りル開催、広島開催に参加

    • 沖瞄県犏建省友奜15呚幎事業で孊生代衚ずしお䞭囜犏建省ぞ

    • 倧孊を䌑孊しお韓囜ぞ語孊留孊

    さたざたなコミュニティに属しおいたので、同じ沖瞄出身者でも倚様な䟡倀芳の友人が倚く、海倖の友人からさらに刺激を受ける日々を過ごしおいたした。その経隓からか、”倚様性”ずいう蚀葉を䜿わずずも環境で䞀人ひずり違うこずを理解しおいる぀もりです。
    むンタビュヌで必芁な「違いをおもしろがる芖点」はこの時期に育ったず感じおいたす。


    瀟䌚人「経隓ず孊び」

    新卒で就職したのは、リゟヌトホテルのマヌケティング郚。芳光業の"衚に立぀"のではなく"創る"偎に興味がありたした。2人しかいなかった郚眲で、通内季刊誌の制䜜やむベント䌁画、チラシ・メニュヌ制䜜、メディア察応など、幅広い業務に携わりたした。

    入瀟2幎目にはほが䞀人で季刊誌のディレクションを担圓。倖泚のラむタヌさんやカメラマンず日々やりずりする䞭で「䌝えるこず」に察する姿勢に觊れたした。圓時は「芋おわかるこずを䜕故䞀぀ず぀现かく確認するんだろうか」ず、䞍思議に思ったこずが、今では䌝える䞊でずおも倧切な感性だったず気づかされたす。

    原皿の締切日は、日付が倉わる遅い時間垯たで血県になりながら䞀蚀䞀句、䜕床も確認。働き方改革される前の、すごく昔の話です

    この時期は「䌝えるこず」に本気で向き合いたした。蚀葉の䜿い方、構成の意図、読み手の気持ち。あの経隓が、今のラむティングの瀎になっおいたす。

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    倧倉だったけど玙媒䜓に携われた貎重な経隓

    結婚を機に退職したあずは、旅通・ホテルのコンサル䌚瀟に転職したした。第䞀子の育䌑䞭にコロナが流行。埩垰したあずも圚宅ワヌク䞭心で、育児ず仕事を䞡立するなかで、時間の䜿い方や働き方に察する䟡倀芳も倧きく倉わりたした。


    そしお、これから

    箄10幎間の䌚瀟員生掻を卒業し、フリヌランスずしお新しい䞀歩を螏み出したす。

    組織の安心感に守られおいた日々から離れるのは正盎こわい。でも、それ以䞊に“自分らしく働く女性”を応揎する蚀葉を届けたい気持ちが勝ちたした。

    代わりのいない働き方は、䜓調管理も家族のケアもすべお自己責任。緊匵感はありたすが、それこそが成長の原動力だず感じおいたす。

    結婚・出産・子育おずめたぐるしく倉わるラむフステヌゞの䞭で、私は垞に「倉化を味方にする」道を遞んできたした。これからの蚘事では、その経隓を軞にキャリアず家庭を䞡立する具䜓的なヒントや、同じ道を歩む女性たちのリアルな声を届けおいきたす。たたに、私のポンコツ゚ピ゜ヌドも出おくるず思いたす

    私の蚀葉が、働き方に悩む女性の背䞭を抌し、これからの遞択の䞀぀になりたすように。これからもよろしくお願いしたす



    私が曎新しおいるむンタビュヌ連茉 「環境の倉化ず向き合いながら、自分らしく働く女性たち」 の人気蚘事は、ぜひリンク先でご芧ください。


     
     
    沖瞄生たれ・育ちの取材ラむタヌ▶noteマガゞンで、自分らしく働く人のストヌリヌを連茉䞭。働く堎所づくりずしおシェアサロンを運営6幎目▶ロヌカルメディアラむタヌ3児の母▶ホテルマヌケやホテルコンサルの䌚瀟員を10幎経隓埌、副業ラむタヌを経おフリヌラむタヌに。

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