
アカリウム深層 ミステリー小説|光らなかった壁
アカリウム深層のミステリー小説募集に参加した作品です。
文化祭前夜の体育館で、
停電の五分間に起きたことのお話です。
前夜の体育館
文化祭の前の晩の学校は、
昼間とは別の建物みたいでした。
廊下には、
色画用紙の看板が立てかけてあります。
どこかの教室から、
まだ金づちの音が聞こえていました。
私は明日、
この学校で占いのブースを出します。
卒業してから、ずいぶん経ちました。
先生に声をかけてもらって、
少し迷ってから、引き受けました。
人の多い場所は、今も得意ではありません。
でも、ひとりずつ向き合って話す時間なら、
私にもできる気がしたのです。
「ねえゆめちゃん、あっちから音がするよ」
肩のあたりで、ルナがささやきました。
ルナの声は、私にしか聞こえません。
姿もたぶん、
私にしか見えていません。
体育館の扉を開けると、
ドラムの音が、胸の奥まで響いてきました🌙
ステージの上で、
四人の高校生が音を合わせていました。
「あっ、ゆめさん! 来てくれたんですね」
マイクの前の女の子が、
大きく手を振りました。
ひなたです。
ブースの準備で教室を借りたとき、
「リハ、見に来てください」と誘ってくれた子です。
軽音部のバンド、放課後シグナル。
明日の体育館ステージで、
最後の出番をもらっているそうです。
「ベースがマコトで、ドラムがユウキ」
ひなたが、ひとりずつ指さします。
「キーボードがノア。春に転校してきたんです」
マコトは、
小さく頭を下げただけでした。
ユウキは、
スティックを回しながら笑いました。
「どうも! 占い師さんって、ほんとにいるんすね」
ノアは、少しだけ目を上げて、
またすぐに鍵盤へ戻りました。
前髪が長くて、
表情はよく見えません。
背景パネル
ステージの奥には、
大きな背景パネルが立っていました。
白く塗った板に、
バンドの名前が描いてあります。
その足もとに、
見慣れない機械が置かれていました。
細長い蛍光灯のような形で、
コードが壁のコンセントにつながっています。
「あれ、なあに?」
ルナが首をかしげます。
私も同じことを思っていると、
ひなたが気づいて、いたずらっぽく笑いました。
「明日のお楽しみです。ラストの曲で使うんです」
「まだ、みんなにも内緒なんで」
ユウキが「えー、なになに」と身を乗り出しました。
ひなたは、首を振るだけでした。
パネルの右下には、
何も描かれていない白い場所があります。
ひなたの目が一瞬だけ、
そこを見た気がしました。
舞台袖の奥には、
小さな道具置き場があります。
パネルを塗ったときのペンキの缶と刷毛が、
まだそこに並んでいました。
休憩
七時を少し過ぎたころ、
ひなたが手をたたきました。
「十分休憩!」
ユウキがスティックを置いて、
真っ先にステージを降ります。
「腹へった。部室でカップ麺つくってくる」
部室は、
体育館の二階の奥にあるそうです。
マコトは何も言わずに、
スマホを持って外へ出ていきました。
ノアは鍵盤にカバーをかけてから、
小さな声で言いました。
「部室で、楽譜とってくる」
ひなたは、マイクのコードを巻きながら
舞台袖へ入っていきました。
ステージの上には、
誰もいなくなりました。
私は体育館のすみのパイプ椅子に座って、
ぼんやりと背景パネルをながめていました。
隣の椅子に、
ルナがちょこんと腰かけます。
「みんな、ばらばらに行っちゃったね」
「休憩だもの」
小さく答えた、そのときでした。
ぶつん、と
低い音がしました。
体育館の明かりが、
いっせいに消えました。💫

停電の五分間
何も見えませんでした。
目を開けているのか、
閉じているのかも分からないくらいの暗さです。
遠くの壁に、
非常口の緑の明かりがひとつだけ浮かんでいました。
「ゆめちゃん」
ルナが、私の袖をつかみます。
「だいじょうぶ。ここにいようね」
スマホは、ブースの教室に置いてきた鞄の中でした。
床にはケーブルが何本も這っています。
暗いなかを歩きまわるのは、かえって危なそうでした。
上の階で、
「うわっ」と男の子の声がしました。
ユウキの声だった気がします。
どこかで、扉の閉まる音。
それから、
ステージのほうで、こすれるような小さな音。
しゅっ、しゅっ、と
何かを撫でるような音でした。
「ゆめちゃん、ステージのとこ、なにか光った」
ルナの声に、私は顔を上げました。
でも、そこにはもう
暗がりがあるだけでした。
明かりが戻ったのは、
それから少したってからです。
ぱちん、という音のあとで、
天井の照明がひとつずつ灯っていきました。
壁の時計は、七時十七分。
休憩に入ったのが十二分ごろでしたから、
暗かったのは五分くらいでしょうか。
体育館の入り口から、
懐中電灯を持った先生が顔を出しました。
「裏の分電盤、部室の回路が落ちてたぞー。
体育館と同じ回路なんだから、いっぺんに使いすぎるなよ」
軽音部の顧問の先生だそうです。
ほっとした空気が、
体育館の中に広がりかけた、そのときでした。
「……なに、これ」
舞台袖から出てきたひなたが、
背景パネルの前で立ちつくしていました。
黒く塗られた右下
パネルの右下が、
黒いペンキで塗りつぶされていました。
さっきまで白かった、
何も描かれていなかった場所です。
ペンキは、まだ乾いていません。
照明を受けて、
ぬらりと光っていました。
道具置き場をのぞくと、
黒いペンキの缶のふたが開いたままです。
刷毛が一本、
缶のふちに立てかけてありました。
毛先が、まだ濡れています。
「誰?」
ひなたの声が、少しふるえていました。
「誰が、こんなこと」
最初に戻ってきたのは、マコトでした。
外の冷たい空気といっしょに入ってきて、
手には缶のココアを持っています。
パネルを見て、
何も言わずに立ち止まりました。
ステージ横の階段から、
ユウキが降りてきます。
「いやー、びびった。急に真っ暗になってさ」
言いかけて、
パネルに気づいて口をつぐみました。
そのうしろから、ノアが降りてきました。
楽譜のファイルを、胸に抱えています。
パネルの黒いところを見て、
前髪の奥の目が、ほんの少しだけ揺れた気がしました。
「明日、ここに……」
ひなたは何かを言いかけて、やめました。
唇をかんで、
パネルの黒いところを見つめています。
その横顔を見ていて、
私は、明日のお楽しみだと笑っていた顔を思い出しました。
「ねえ、ゆめちゃん」
ルナが、小さな声で言います。
「ひなた、泣きそう」
私は、パイプ椅子から立ち上がりました。
占いで、誰かの未来を当てることはできません。
でも、暗がりの中で何が起きたのかを、
ひとつずつ聞いていくことなら、
私にもできるかもしれません🌙
「ひなた」
私は、そっと声をかけました。
「少しだけ、みんなに話を聞いてもいいかな。
責めるためじゃなくて、何があったのかを知るために」
ひなたは、私を見て、
それから小さくうなずきました。
ユウキの証言

四人は、ステージのふちに並んで座りました。
私はその前に、パイプ椅子をひとつ運びます。
ルナは、私の肩のあたりに
ふわりと浮かんでいました。
最初に口を開いたのは、ユウキでした。
「オレ、部室でカップ麺つくろうとしてたんすよ。
そしたら急に真っ暗になって」
スティックを、指先でくるりと回します。
「ほんと、それだけっす。オレは何もしてないっすよ」
「ねえゆめちゃん」
ルナが、私の耳もとでささやきました。
「カップ麺って、お湯がいるよね?」
私は、小さくうなずきました。
「ユウキくん。お湯は、どうやって沸かしたの?」
スティックが、ぴたりと止まりました。
「……部室に、電気ポットがあって」
「先生は、部室の回路が落ちていたって言っていたね」
「……ヒーターも、つけてました。
部室、寒いんすよ。あと、アンプの電源も入れっぱなしで」
ユウキは、がっくりと肩を落としました。
「すいません。停電、たぶんオレです」
ひなたが、ふうっと息を吐きました。
「もう。だから部室でポット使うなって言ったのに」
怒っている声でしたが、
少しだけ、ほっとしたようにも聞こえました。
停電のわけは、分かりました。
でも、パネルを塗った人は、まだ分かりません。
「暗いあいだ、部室には誰かいた?」
私がたずねると、
ユウキは首をかしげました。
「わかんないっす。マジで何も見えなくて。
オレ、ずっとポットの前でかたまってたんで」
「電気がついたときは?」
「ついたときは……」
ユウキは、少し考えました。
「うしろに、ノアがいた気がする。
いつ来たのかは、分かんないけど」
ノアは、楽譜のファイルを抱えたまま、
小さく言いました。
「停電の、ちょっと前に入った。
ユウキ、ポットのほう向いてたから」
「あー、そっか。気づかなかったわ」
ユウキは、あっさりとうなずきました。
私は、ステージの奥の機械に目を向けました。
細長い蛍光灯のような、あの機械です。
「あれのこと、ユウキくんは知ってる?」
「ああ、ブラックライトっしょ」
ユウキの声が、少しだけ明るくなりました。
「去年の前夜祭でさ、部室で使ったんすよ。
部屋の電気消して、あれ当てたら、
壁の落書きがぶわーって光って。めっちゃ盛り上がった」
それから、ノアのほうを見ました。
「あ、ノアはまだいなかったか」
「言ったよ」
低い声がしました。
マコトでした。
「春に、ノアに部室を案内したとき。
うちの落書き、電気消すと光るんだって」
マコトは、そこで少しだけ眉を寄せました。
「……ブラックライトのことは、言ったかな」
誰も、答えませんでした。
ルナが、私の肩の上で
ゆっくりとしっぽを揺らしていました💫
マコトの証言
「おれは、外にいた」
マコトの話は、短いものでした。
「昇降口の前の自販機。
ココア買ってたら、体育館の窓がいっせいに消えた」
手の中の缶を、軽く持ち上げます。
「明かりがつくまで、外にいた。
暗いなか戻るの、危ないと思って」
ココアの缶からは、
まだ少しだけ湯気が立っていました。
「休憩に入ったとき、スマホを持って出ていったね」
私が言うと、
マコトはほんの少しだけ目をそらしました。
「誰かと、話していたの?」
しばらく、黙っていました。
ひなたが、マコトの横顔を見ています。
「……電話」
マコトは、缶を両手で包みました。
「別のバンドの、オーディション受けてて。
その結果の電話、今日来るって言われてたから」
「え」
ひなたの声が、小さくもれました。
「まだ、決まってない。
決まったら、ちゃんと言うつもりだった」
マコトは、それきり黙りました。
ひなたは、何か言いかけて、
それから、ぎゅっと口を閉じました。
責めたい気持ちと、
責めたくない気持ちが、
その顔の中でまざっているように見えました。
私は、それ以上は聞きませんでした。
隠していたことは、人それぞれにあります。
それは、悪いことと同じではありません🌙
ひなたの証言
「わたしは、舞台袖にいました」
ひなたは、膝の上で手を組みました。
「マイクのコードを片づけてたら、真っ暗になって。
袖って、ほんとに何も見えないんです。
だから、しゃがんでじっとしてました」
「何か、見えたり聞こえたりした?」
ひなたは、少し考えてからうなずきました。
「パネルのほうで、小さい光がちらっと動きました。
スマホのライトみたいな、白い光」
ルナが、私の肩の上で
「ルナも見た」と小さく言いました。
「それから、しゅっ、しゅっ、って音。
そのときは、なんの音か分からなかったけど」
ひなたは、パネルの黒いところに目をやりました。
「……今思うと、刷毛の音だったのかも」
「ひなた」
私は、できるだけ静かに聞きました。
「あの右下には、何があったの?」
ひなたは、しばらく黙っていました。
それから、ほかの三人のほうを見て、
あきらめたように笑いました。
「明日のサプライズだったんです」
「あそこに、四人の名前を書いておきました。
ブラックライトを当てたときだけ光るペンで。
ふだんは、白いままにしか見えないんです」
ユウキが「えっ」と声をあげました。
「ラストの曲で照明を落として、
あのライトをつけたら、四人の名前が浮かぶ。
……そういう演出のつもりでした」
「名前って」
マコトが、低い声で言いました。
「本名です」
ひなたは、少しだけ声を小さくしました。
「ステージネームじゃなくて、ちゃんとした名前。
この四人でやったんだって、残したかったから」
それから、マコトのほうを見ないまま、
付け足しました。
「……誰かが、どこかへ行っちゃう気がしてたから」
マコトは、缶を持つ手に力をこめました。
「そのことを知っていたのは、ひなただけ?」
「誰にも言ってません」
ひなたは、きっぱりと答えました。
それから、少しだけ自信がなさそうに
付け足します。
「でも、昨日パネルに書いてたとき、
うれしくて、ひとりごと言っちゃって。
『明日、暗くしたらみんなの本名が光るんだ』って」
「誰かに、聞かれたかもしれない?」
「階段のほうで、足音がした気がするんです。
振り向いたら、もう誰もいなかったけど」
ステージ横の階段は、
二階の部室へつづいています。
私は、それ以上は聞きませんでした🌙
ノアの証言
最後に、ノアが顔を上げました。
前髪の奥から、
私のほうを、まっすぐではなく少し斜めに見ています。
「わたしは、部室にいました」
声は小さいけれど、
言葉はするすると出てきました。
「楽譜をとりにいって。停電の、ちょっと前に入った。
ユウキはポットのほうを向いてたから、
気づかなかったと思う」
ユウキが「うん、気づかなかった」とうなずきます。
「真っ暗になって、何も見えなくて。
こわくて、動けなかった」
ノアは、楽譜のファイルを胸に抱き直しました。
「でも、壁の落書きだけ、ぼんやり光ってた」
「それを、ずっと見てた。
……きれいだった」
体育館の中が、
しんと静かになりました。
その静けさの中で、
ルナが、私の耳もとに顔を寄せました。
「ねえ、ゆめちゃん」
小さな、ほんとうに小さな声でした。
「ブラックライトって、停電のときも光るの?」
私は、ステージの奥の機械を見ました。
細長い、蛍光灯のような形。
そのコードは、
壁のコンセントにつながっています。
部室の回路と、同じ回路のコンセントに💫
光らなかった壁
光らない、と私は思いました。
ブラックライトは、
コンセントにつないで使う機械です。
停電のあいだは、
体育館の照明と同じように消えていたはずです。
「ユウキくん」
私は、ユウキのほうを向きました。
「部室の落書きは、部屋の電気を消すだけで光る?」
「いや、光んないっす」
ユウキは、すぐに首を振りました。
「あのライト当てないと、ぜんぜん見えないっすよ。
だから去年、わざわざ部室まで運んだんだし。
うちの部、あれ一台しかないんで」
それから、自分の言ったことに気づいたように、
ゆっくりとノアのほうを見ました。
「よかったら、部室を見せてもらってもいいかな」
二階の部室は、思っていたより小さな部屋でした。
ポットとヒーターと、
壁ぎわにアンプがいくつか並んでいます。
ユウキが、部屋の明かりを消しました。
窓の外の街灯が、
ほんの少しだけ差しこんでいます。
暗さに目が慣れるまで、
私たちは黙って壁を見つめていました。
でも、そこには何もありませんでした。
光る文字も、ぼんやりした線も。
ただの、暗い壁があるだけでした。
「……なんで」
ノアの声が、暗がりの中で小さく揺れました。
「電気、消せば、光るって」
マコトが、苦しそうに目を閉じました。
「ごめん。おれが、ちゃんと言わなかった」
ユウキが、そっと明かりをつけ直しました🌙
塗られた名前
私は、ひなたと二人で
ステージに戻りました。
ほかの三人には、
少しだけ部室で待ってもらうことにしました。
「ブラックライトを、パネルに当ててみてくれる?
ほんの一瞬でいいから」
ひなたは、少しためらってから、
体育館の照明を落としました。
ブラックライトのスイッチを入れます。
青紫の光の中で、
パネルの右下が、ぼうっと浮かび上がりました。
黒いペンキの下からは、何も光りません。
塗りつぶされていたのは、
いちばん下に並んだ二つの名前でした。
そして、黒いペンキの少し上に、
三つ目の名前が、半分だけ残って光っていました。
塗った人には、
名前の場所が見えていなかったのです。
暗闇で、スマホの白い光で照らしても、
このペンの字は見えません。
だから、覚えている場所を、
急いで塗るしかなかった。
そして、少しだけずれてしまった。
「……これ、ノアの」
ひなたが、口もとを押さえました。
「言わなくていいよ」
私は、その名前を読みませんでした。
「ライト、消してくれる?」
ひなたは、うなずいて
すぐにスイッチを切りました。
体育館に、ふつうの明かりが戻りました💫
ノアの名前
四人がそろうと、
ノアは、ステージのふちに座ったまま言いました。
「わたしが、塗りました」
楽譜のファイルを、
胸にぎゅっと抱えていました。
「ノアって、ほんとの名前じゃないんです」
ネットに曲をあげるときの名前だと、
ノアは言いました。
前の学校では、
本当の名前で呼ばれるのが、つらかったこと。
その理由は、言いませんでした。
私も、聞きませんでした。
「名前を変えたら、やっと歌えるようになったんです。
この学校でも、ノアって呼んでもらえて。
だから、ここではずっとノアでいたかった」
昨日、階段の踊り場で、
ひなたのひとりごとを聞いてしまったこと。
暗くすれば名前が光るんだと、思いこんだこと。
「停電になって、今なら見えると思った。
スマホで照らしたけど、何も見えなくて。
覚えてる場所を、急いで塗りました」
ノアは、ユウキとマコトのほうを見ました。
「二人の名前、消しちゃった。ごめんなさい」
それから、ひなたを見ました。
「ひなたの気持ちも、ごめんなさい」
ひなたは、しばらく何も言いませんでした。
それから、ノアの隣に座りました。
「ううん。わたしこそ、ごめん」
ひなたの目に、
さっきとは違う涙がにじんでいました。
「みんなの名前を、わたしが勝手に選んでた。
残したいのは、わたしの気持ちだったのに」
ひなたは、パネルを見上げました。
「明日までに、白く塗り直そう」
「それで、同じペンで、
みんなが呼ばれたい名前を書こう。自分の手で」
「オレ、あだ名でもいい?」
ユウキが言って、
ひなたが「いいよ」と笑いました。
マコトは、少し考えてから言いました。
「おれは、マコトでいい。
……明日は、ここで弾くから」
ひなたが、はっと顔を上げました。
マコトは、それ以上は何も言いませんでした。
ノアは、ファイルを膝に置いて、
小さく、でもはっきりと言いました。
「ノアって、書く」
呼ばれたい名前
帰り道、校門を出たところで、
ルナが私の隣に降りてきました。
「ねえ、ゆめちゃん」
「なあに?」
「ゆめちゃんは、名前、光らせたい?」
私は、少しだけ考えました。
私も、本当の名前ではない名前で
文章を書いています。
その名前でいるときのほうが、
息がしやすい夜があることを知っています。
「私はね、呼ばれたい名前で呼ばれたら、
それで十分かな」
「ふうん」
ルナは、首をかしげてから、
うれしそうにしっぽを揺らしました。
占いで、誰かの未来を当てることはできません。
今夜も、犯人を当てたわけではありませんでした。
ひとりずつの話を、
ただ、順番に聞いただけです。
嘘の奥には、たいてい、
守りたかった何かがありました🌙

次の日の夕方。
私は占いのブースを早めに閉めて、
体育館のいちばんうしろに立っていました。
最後の曲の終わりに、
照明がすうっと落ちます。
青紫の光の中で、
白いパネルに、四つの名前が浮かび上がりました。
ひとつは、少しふざけたあだ名。
ひとつは、マコト。
ひとつは、ひなたのまるい字。
そして、ひとつは、
ていねいに書かれた「ノア」でした。
暗い体育館の中で、
その名前が、いちばんやさしく光っていた気がします💫
