
【第5話】予告を作っていた人物|午前3時33分の通知
「最初に333という名前をつけたのは、あなたです」
その言葉を読んだとき、私は笑ってしまった。
そんなはずがない。
私は、毎晩届くあの通知に怯えていた。
赤い傘の女性が死ぬことも、7秒間の映像が消えることも、知らなかった。
それなのに。
もし、この事件を最初に動かしたのが私自身だったとしたら?
その答えは、五年前の私が残した、一つの記録に隠されていた。
1.午前3時33分のメッセージ
10月19日、午前3時33分。
私はスマートフォンの画面を見つめていた。
送り主は「333」。
第5段階を開始します。
2021年10月15日の記録を確認してください。
あなたは、すでに答えを知っています。
私はすぐに返信した。
「だから、何も覚えていないって言ってるでしょ!」
既読がついた。
返事はない。
「あなたは誰なの?」
今度は、一枚の画像が送られてきた。
古いパソコンの画面だった。
そこには、見覚えのない管理システムが表示されている。
SYSTEM NAME:333
CREATED BY:KASUMI HARUNO
「……え?」
春野香澄。
私の名前だ。
作成日を見る。
2021年9月3日。
五年前。
その下には、小さな説明文があった。
記録は消えても、事実は消えない。
私は、その文章を何度も読み返した。
不思議なことに、どこか懐かしい気がした。
まるで昔、自分で考えた言葉のように。
2.五年前の職場
午前9時18分。
私は古いメールの履歴を調べていた。
2021年。
五年前。
仕事を始めたばかりの頃のことだった。
今ではほとんど使っていないメールアカウント。
そこに、一通のメールが残っていた。
件名は、
「監視設備更新プロジェクト・担当者変更のお知らせ」
差出人は、東都設備サービス。
私は、画面を見つめた。
そうだ。
大学を卒業したあと、短期間だけ設備管理の会社で働いていた。
駅や商業施設のカメラ設備を保守する会社だった。
しかし、当時の記憶は曖昧だった。
五年前、私は大きな事故に遭った。
頭を強く打ち、しばらく入院していた。
退院後、仕事を辞めた。
その前後の出来事は、今でも部分的にしか思い出せない。
私はメールを開いた。
そこには、プロジェクトの担当者一覧が記されていた。
システム補助担当:春野香澄
そして、もう一人。
映像記録担当:坂井美緒
私は思わず声を上げた。
「……坂井美緒?」
五年前に亡くなった女性。
赤い傘の女性。
私は、彼女と一緒に働いていたのだ。
忘れていた。
いや。
忘れようとしていたのかもしれない。
3.「333」の本当の役割
午前10時02分。
古いメールをたどるうちに、添付ファイルが見つかった。
ファイル名は、
PROJECT_333.pdf
開いてみる。
「監視映像の保全・照合システム」
それが、333の正式な名称だった。
当時のカメラ設備には、録画データの一部が欠ける不具合があったらしい。
私は、その原因を調べる作業を手伝っていた。
そこで考えたのが、録画データとは別に、操作記録と短い確認映像を保存する仕組みだった。
ファイルの中には、私が書いたらしい説明文がある。
録画停止が発生した場合、独立した保存先に記録を複製する。
重要な記録は、翌日午前3時33分に担当者へ通知する。
私は息をのんだ。
午前3時33分。
毎晩、メッセージが届く時刻。
偶然ではなかった。
333は、未来を予言するシステムではなかった。
過去の記録を保存し、異常を知らせる仕組みだったのだ。
しかも、その試作版を作ったのは――
私自身。
しかし、疑問が残る。
どうしてそんなシステムが、五年後の今になって動いているのか。
そして、なぜ「明日、人が死ぬ」と知らせてくるのだろう。
4.二つの「333」
午前11時26分。
私は、ファイルの最後に記されていた連絡先を見つけた。
当時の共同担当者、坂井美緒。
その下に、もう一つのアカウントがあった。
管理者:KASUMI
共同管理者:MIO
私は画面を見つめた。
美緒も、このシステムを使っていた。
つまり、私たち二人だけが知らない記録を保存していた可能性がある。
そのとき、スマートフォンが鳴った。
送り主は「333」。
ここまで思い出せましたね。
では、次の質問です。
あなたが受け取った通知は、本当にすべて同じ送信者から届いたものでしょうか?
「……どういうこと?」
私は過去のメッセージを見返した。
最初の通知。
明日18時12分。
東口の階段で、赤い傘を持った女性が死にます。
その次。
これは予言ではありません。
そして、事件のあと。
予告は実行されました。
お疲れさまでした。
さらに、
あなたが一人、増えたんです。
私は、何かに気づいた。
最初のメッセージは、事件を知らせているように見える。
でも、事件後のメッセージは違う。
まるで、誰かが結果を確認しているようだった。
古い仕様書をもう一度開く。
そこには、重要な注意書きがあった。
自動通知と管理者による手動送信は、同じ差出人名で表示される。
私はスマートフォンを握りしめた。
「333」には、自動送信と手動送信の二種類があった。
つまり、私が受け取っていたメッセージのすべてが、五年前のシステムから自動的に送られていたとは限らない。
誰かが、途中から手動で文章を送り込んでいた可能性がある。
「あなたが止めなければ」
あの言葉は警告だったのか。
それとも、私を駅へ向かわせるための指示だったのか。
5.加工された写真
午後1時14分。
私は、送られてきた写真を改めて確認していた。
18時12分7秒。
赤い傘の女性。
そして、二人の私。
何度見ても不自然だった。
同じ服。
同じブレスレット。
ほとんど同じ髪型。
しかし、二人の足元を拡大したとき、違和感があった。
片方の影だけ、周囲の光の方向と合っていなかった。
私は写真の情報を調べようとした。
しかし、元の撮影データは付いていない。
メッセージで送られた画像しか残っていなかった。
ふと、五年前の資料を思い出す。
333には、映像を照合する機能があった。
二つの画像を重ね、変更された場所を見つけるためのものだ。
私は古いパソコンを起動し、残されていたサンプルファイルを開いた。
そこには、同じ人物を別々の時刻に撮影し、一枚の画像に重ねた例が載っていた。
まるで、一人の人間が二人いるように見える。
「……まさか」
私は震える指でスマートフォンの写真を拡大した。
もし、あの写真が複数の映像を合成したものだったとしたら。
二人の私が、同じ瞬間に存在した証拠にはならない。
でも、誰がそんな画像を作ったのだろう。
何のために?
さらに、もう一つ思い出した。
赤い傘の女性が見せてくれた通知。
私より一日早く届いていた、同じ「明日」というメッセージ。
もし、あの画面も加工されたものだったとしたら。
日付の矛盾さえ、誰かが仕組んだものかもしれない。
私は、ようやく理解し始めていた。
私が信じていたものの多くは、誰かが見せた画面だった。
そして、それらが本物だと確かめたことは、一度もなかった。
6.五年前の私からの映像
午後3時33分。
古いメールに、もう一つのファイルが残っていることに気づいた。
IF_YOU_FORGET.mp4
日本語にすれば、
「もし、あなたが忘れたら」。
私は再生ボタンを押した。
画面に映ったのは、若い女性だった。
白いブラウス。
肩までの髪。
左手首には、銀色のブレスレット。
――私だった。
五年前の私。
画面の中の私は、ひどく疲れた顔をしていた。
そして、カメラに向かって話し始めた。
「これを見ているのが未来の私なら、きっと何かが起きたんだと思う」
私は息を止めた。
「美緒と私は、カメラ03の異常を調べていた」
映像の中の私は、何枚かの写真を机に並べた。
「最初は、ただのシステム不具合だと思ってた。でも違った」
私は画面に顔を近づけた。
「誰かが、決まった時間に記録を止めていたの」
18時12分3秒。
18時12分10秒。
あの7秒間だ。
「美緒は、その時間に何が起きているのかを調べようとした」
映像の中の私は、言葉を詰まらせた。
「でも、私たちが調べていることが、誰かに知られてしまった」
そのとき、画面の外から女性の声が聞こえた。
「香澄、もう時間がない」
私は震えた。
坂井美緒の声なのだろうか。
画面の中の私は、慌てて話を続けた。
「だから333に記録を残した。もし私たちに何かあっても、証拠だけは消えないように」
そして、カメラをまっすぐ見つめた。
「いい? 未来の私。333は犯人じゃない」
私は唇をかみしめた。
「でも、誰かが管理者の権限を奪ったら、話は別」
映像の中の私は、静かに続けた。
「そのときは、333が見せるものを全部信じないで」
そこで映像が途切れた。
私はしばらく動けなかった。
五年前の私が、今の私に警告していた。
しかも、今起きていることを予想していたかのように。
7.誰が管理者なのか
午後5時48分。
私は、古いシステムの管理履歴を調べていた。
五年前の記録。
2021年10月15日。
事件当日。
18:12:03 CAMERA 03 記録停止
18:12:10 CAMERA 03 記録再開
その操作を行ったアカウントは「333」。
前回送られてきた画像と同じだった。
しかし、今回は保存された古い履歴から、さらに詳しい情報が見つかった。
操作方式:管理者による手動実行
実行端末:保安管理室
承認記録:未登録
私は画面を見つめた。
保安管理室。
駅の一般利用者が入れる場所ではない。
つまり、あの7秒間に関係したのは、システムを使える立場の人間だった可能性が高い。
そして、もっと気になる記録があった。
五年前の事件直後。
333の管理者設定が変更されていたのだ。
2021年10月15日 18:29
管理権限追加:外部監査用アカウント
その登録者名を見た瞬間、私は凍りついた。
登録申請者:冴木
「……冴木?」
二日前、事情聴取を担当した刑事。
「また、あの時間か」とつぶやいた男性。
そして、私に駅東口へ近づくなと警告した人物。
ただし、記録にあるのは名字だけだった。
現在の冴木刑事と同じ人物だとは、まだ断定できない。
それでも、偶然とは思えなかった。
私はスマートフォンを取り出し、坂井透に連絡しようとした。
しかし、連絡先を知らないことに気づいた。
彼は自分の電話番号さえ、教えてくれていなかったのだ。
8.もう一度、あの駅へ
午後6時01分。
突然、333からメッセージが届いた。
まもなく18時12分になります。
今回は、誰も死なせないでください。
私は立ち上がった。
また、あの時刻だ。
2021年10月15日。
2026年10月16日。
二度繰り返された、18時12分。
そして、今日。
10月19日。
三度目。
私は慌てて返信した。
「また誰かが死ぬの?」
すぐに返事が届いた。
それは、あなたの選択次第です。
その瞬間、五年前の私の言葉が頭に浮かんだ。
「333が見せるものを全部信じないで」
これは警告なのだろうか。
それとも、私を駅へ向かわせるための罠なのだろうか。
私は迷った。
これまで私は、通知の言う通りに動いてきた。
駅へ向かい、赤い傘の女性に出会い、事件に巻き込まれた。
もし、あれが誰かの計画だったとしたら。
今回も、同じことを繰り返すだけではないか。
私はスマートフォンを握りしめた。
そして、初めて通知の指示とは違う行動を選んだ。
駅には向かわなかった。
代わりに、冴木刑事へ電話をかけた。
呼び出し音が続く。
一回。
二回。
三回。
そして、電話がつながった。
「春野さんですか」
私は息をのんだ。
「冴木さん。聞きたいことがあります」
「何でしょう」
「あなたは、333というシステムを知っていますか?」
沈黙。
電話の向こうから、人の話し声が聞こえた。
そして、冴木が静かに言った。
「……どこまで思い出しました?」
私は目を見開いた。
「知ってるんですね?」
冴木は答えなかった。
その代わりに、こう言った。
「春野さん。今すぐ、古いパソコンの電源を切ってください」
「どうして?」
「その記録を開いたことが、相手に知られます」
「相手って誰ですか!」
電話の向こうで、冴木が息をのんだ。
「……間に合わなかったか」
その瞬間。
パソコンの画面が真っ暗になった。
9.五年前の私が決めたこと
暗くなった画面に、白い文字が浮かび上がった。
PROJECT 333
RECOVERY MODE
STEP 05 / 06
そして、次の文章。
作成者本人による確認を開始します。
私は恐る恐るキーボードに触れた。
画面に、一つの質問が表示された。
「333を作った目的は何ですか?」
選択肢は三つ。
A:未来を予測するため
B:過去の記録を守るため
C:人間の行動を操作するため
私は迷わず、Bを選んだ。
すると、画面が切り替わった。
認証成功。
作成者:春野香澄
その下に、古い音声ファイルが表示された。
私は再生した。
聞こえてきたのは、五年前の私の声だった。
「もしここまでたどり着いたなら、もう隠す必要はないと思う」
短い沈黙。
「私は、あの夜、二つの選択肢を与えられた」
私は耳を澄ませた。
「証拠を公開して、美緒を危険にさらすか」
声が震えている。
「証拠を隠して、美緒だけでも守るか」
私は息を止めた。
「私は、後者を選んだ」
その瞬間、頭の奥が痛んだ。
駅の階段。
赤い傘。
美緒の泣き顔。
そして、誰かの声。
「記録を止めろ」
一瞬だけ、記憶がよみがえった。
あの日。
私は、誰かに言われるまま、ある操作をした。
カメラ03。
18時12分3秒。
記録停止。
私は、自分の手でボタンを押したのだ。
「……私が?」
音声の中の私は、最後にこう言った。
「私は七秒間、記録を隠した。でも、美緒を殺したのは私じゃない」
私は、何も言えなかった。
五年間、分からなかったこと。
それが、突然目の前に現れた。
七秒間の映像を止めた人間。
少なくとも五年前、停止操作に関わったのは――
私だった。
10.最後の通知
午後6時12分。
パソコンの画面が変わった。
STEP 05 COMPLETE
最終記録の公開まで、あと1回。
私は画面を見つめた。
すると、スマートフォンが震えた。
送り主は333。
おめでとうございます。
あなたは、五年前の選択を思い出しました。
私は怒りに震えながら返信した。
「もうやめて!」
まだ終われません。
「何が目的なの?」
数秒後、返事が届いた。
あなたは、証拠を隠しました。
その結果、美緒は亡くなりました。
私は涙があふれるのを感じた。
「そんなの……」
でも、あなたはまだ知りません。
新しいメッセージが表示された。
「2026年10月16日に亡くなった女性が、誰なのかを」
私は、はっとした。
そうだ。
二日前の事件。
赤い傘のそばに倒れていた女性。
私は、彼女の名前を知らなかった。
ニュースでも、年齢や詳しい身元は明らかにされていなかった。
もし、彼女が坂井美緒ではないのなら。
いったい誰だったのだろう。
スマートフォンに、最後の画像が届いた。
それは、2026年10月16日の事件記録だった。
死亡者の欄。
私は、その名前を見た。
そして、呼吸が止まった。
死亡者:坂井美緒
「……嘘」
五年前に亡くなったはずの女性。
その名前が、二日前の事件記録にも書かれていた。
同じ人間が、二度死んだことになっている。
その下には、短い文章が表示されていた。
次回。
午前3時33分。
最後の記録を公開します。
二つの死亡記録のうち、どちらが偽物なのか。
そして、なぜあなたが証拠を隠したのか。
すべてを確認してください。
スマートフォンの画面が暗くなった。
私は、しばらく動けなかった。
五年前の私が333を作った。
五年前の私が、七秒間の記録を止めた。
でも。
今の333を操作している人間は、まだ分からない。
そして、もっと恐ろしい可能性が浮かんでいた。
五年前の死亡記録そのものが、誰かによって作られた嘘だったとしたら――。
私は、もう一度パソコンを見た。
そこには、新しい文字が表示されていた。
FINAL RECORD:06 / 06
解除時刻:03:33
あと一度。
最後の記録を開けば、すべてが分かる。
私は、もう逃げない。
次回予告|最終話「午前3時33分の真実」
五年前と二日前。
二つの死亡記録に残された、同じ名前。
なぜ赤い傘は二本あったのか。
なぜ防犯カメラは七秒間だけ止められたのか。
写真に映った二人の香澄は、本当に同じ場所に存在したのか。
そして、誰が「333」を使って通知を送り続けていたのか。
すべての謎が、最後の記録につながる。
午前3時33分。今度こそ、真実が届く。
🔍 読者への最後の挑戦状
第5話で、大きな事実が明らかになりました。
しかし、まだ説明できないことがあります。
謎① 五年前に死亡したはずの坂井美緒が、なぜ2026年にも死亡したことになっているのか?
謎② 香澄が七秒間の記録を止めた、本当の理由は何なのか?
謎③ 五年前に作られた333を、現在は誰が操作しているのか?
ここまで読んで、あなたは真相を予想できましたか?
ぜひコメント欄で考察を聞かせてください。
最終話では、これまで登場した手がかりを結びつけ、物語を完結させます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!💙
『午前3時33分の通知』はオリジナルのフィクション作品です。全6話予定。
著:ゆら|今日の発見ノート