
【#わたしとラジオ】サヨナラするのは、まだ早い。
国公立大学の2次試験を終えてから、合格発表までは2週間ほどあった。
試験が終わってからの日々は、何をしていても気が気でなくて、とにかく時間の流れが遅かった。通っていた高校は、センター試験(現在の大学入学共通テスト)のあとは自由登校になっていたものの、特に用事もないのにとりあえず平日は毎日学校へ。それらしい問題集や、カバンに何冊か入れていた文庫本を机に放り出して、何をするでもなくぼけーっと時間の経過を待つ。ただ、友人たちもだいたい同じような心もちだったのか、教室まで行けばいつだって何人かは登校してきていたので、一緒に昼飯を食べたり、ほかの学年の邪魔にならない程度にくっちゃべったりしていれば、いずれ日は暮れた。
そんな中、「どうせ眠れないなら聞いてみたら?」と友人が勧めてくれたのは、深夜ラジオだった。当時ファンだった歌手のmiwaさんが、火曜日のオールナイトニッポンを担当していたのだ。聴いていれば時間が経つしなあと思って、「じゃあ次回一緒に聴こうよ」と約束して帰宅した。
当時はまだradikoのタイムフリー機能がなかったので、その時間に起きてリアルタイムで聴くしかなかった。本来は朝型の自分にとって、午前1時から放送されるオールナイトニッポンの時間に起きているのはなかなかつらい。でも、滑り止めの大学にはすでに合格が決まっていたこともあって、正直もうこれ以上受験勉強を続ける意欲もなく、夜更かししたって何ら問題はなかった。いつも通り21時に布団に入って、0時45分にアラームをかける。寝過ごしそうな不安を抱えながらも、祈るような心地で目を瞑った。
アラームが響く。眠い目を擦りながら、まず起きれたことにホッとする。それにしても寒い。基本的に暖房を点けずに眠っていたので、冬の明け方には室温が10度を下回ることもあった。ポータブルラジオにイヤホンを挿して、部屋の中で電波が入りやすい位置を探る。毛布にくるまったまま、もぞもぞ部屋の中を動き回って、電波が安定したところに腰を下ろし、セラミックヒーターの電源を入れる。よし。準備万端だ。
午前1時。若干のディレイのあと、イヤホンの向こうからビタースウィート・サンバが聞こえてきた。それに続いて、miwaさんの声が聞こえてくる。いつもは音楽番組などでのちょっとしたトークでしか話し声を聞いたことがなかったので、こんなふうになんでもない話をしていて、それを自分の部屋の片隅で聞いているというのがなんだか不思議だった。
冒頭から「北京原人 Who are you?」という映画の話題が続き、理解が追いつかない数十分が続いた。どうやら以前から続いている話題らしく、何通か読まれていくメールにmiwaさんは笑い声を上げながら突っ込んでいた。今週から聴きはじめた私には、何がそんなに面白いのかはさっぱりだったけれど、突き抜けるような笑い声を聴いているうちに、こちらもなんだかおかしくなってきた。すでに出来上がっている輪の中へ、手招きされてこっそり混ぜてもらったような気分だった。友人に「北京原人って何?有名な映画?」とメッセージを送る。すぐに既読が付いて「知らん」と返ってくる。部屋にはひとりぽっちなのに、昼間の教室にいるみたいだった。
北京原人関連のネタメールがひと通り読まれたあと、「今夜は番組からやや大きめのお知らせがあります」と意味深な報せがあった。「なんだろう、新曲かな!」「卒業ソングとかだといいね!」なんて、友人と春めいたやりとりを交わす。CM明け、ふわふわしたトークから唐突に番組の終了が発表された。エコーがかかっていたことは覚えているのだが、そのあともいろいろと話し続けていたmiwaさんのトークはほとんど覚えていない。友人から届いたメッセージにも、しばらく返事ができなかった。ラジオからは相変わらずmiwaさんの声が聞こえていたけれど、その賑やかさが嘘みたいに、部屋の中はしいんとしていた。ひとしきり呆然としたあと、「これはもう不合格だね(笑)」なんてメッセージを送る。返事はない。私はちゃんと泣いた。
あんなに長かった2週間も、終わってしまえばあっけなかった。結局、大学には無事に合格して、miwaさんのオールナイトニッポンは、ほんとうに3月いっぱいで終わった。私はずっと暮らしていた実家を出て、4月からひとり暮らしをはじめた。入学のドタバタの後、レンタルビデオ屋でアルバイトをはじめ、当時は理解できなかった「北京原人 Who are you?」を社割でレンタルした。あの日のネタメールの面白みはようやく理解できたけれど、映画自体の面白さは今になってもあまり理解できずにいる。