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高尾山に登る老人は、優先席に座っていいのか。

    東京で一人暮らしを始めて、はや5年。
    ずっと京王線沿いに住んでいる。

    秋。今年もモヤモヤとしょうもないことを考える季節となった。

    秋になると、京王線には高尾山へハイキングに向かう人が増える。そのなかに、たまにハイキングウェアでしっかりと武装した老人の集団がいる。

    登山靴にリュックサック、帽子にストック。今から山に登るぞという強い意志を感じる。装備だけ見れば、これからエベレストにでも挑戦するのかと思うほどである。行き先はもちろん高尾山。

    友達と楽しそうに話しながら電車に乗り込んでくる。開園前のディズニーランドの列かよ、と思う。

    集団で楽しそうにはしゃいでいる人たちを見ると、ぼくの共感性羞恥が発動する。

    年齢も性別も関係ない。老若男女、あらゆる人類に対して平等に発動するこの病は、ある意味でラブアンドピースを体現していると思う。ぼくが密かに誇りとしていることの一つである。

    それにしても、歳をとっても健康で、友達がいて、共通の趣味まである。なんと素晴らしい老後だろうか。

    いつかはこの病を克服して、ぼくもこうありたいと思う。

    ところが、そんな老人たちが優先席に座っているのを見ると、少しだけモヤっとする。

    どっち?

    となるのである。

    もちろん、優先席は誰でも座っていいし、必要な人がいたら譲るべき場所である。高齢者は優先されるべきだし、山に登れるからといって、電車で立っているのが楽とは限らない。

    そんなことはわかっている。
    もっと精神論的な問題なのだ。

    これからわざわざ山を登りに行くというのに、電車では優先席に座っている。

    そこは立たないんですね、となる。

    家を出た瞬間から、高尾山のハイキングは始まっているのではないのか。

    だからこそ、機能性のある、目がチカチカする色のウェアを着込み、準備万端で家を出てきたのだろう。

    お前たちのハイキング道はそんなものか。

    それとも、京王線では体力を温存し、高尾山のどこかに存在する境界線を越えた瞬間から本気を出すということなのか。

    だとしたら、その境界線はどこにあるのだろう。

    高尾山口駅の改札?ケーブルカー乗り場?それとも登山道の入口?

    そして、そもそも本気とは何なのか。

    さっきまであんなに楽しそうにおしゃべりしていた友達と、突然会話をやめて山頂を目指すのだろうか。

    登山道に入った途端、全員が無言になり、互いをライバルとして認識し始めるのか。

    本気を出すと、友情はどこへ行ってしまうのだろう。

    いや、別になんだっていいのだが。

    山を楽しむために、電車では座っておきたいのだろう。極めて合理的な判断である。MBTIで言うと全員Tの集団のはずだ。

    全部わかっている。

    ただ、ぼくの中にいる妙に厳格な自分が、それを許さないのである。

    ちなみに、ぼくは高尾山に行ったことがないし、興味もない。登山に関する知識もなければ、今後始める予定もない。

    そんな人間が、京王線の車内で登山客の体力配分について真剣に考えているのだから、我ながらずいぶん暇だと思う。

    そもそも、あの老人集団の誰が「高尾山に登りに行こうぜ!」と言い出すのか、気になって、仕方がない。

    大学生ならなんとなく想像できる。

    「高尾山行かない?」
    「めっちゃあり!行こう!」
    「ウェアの色もお揃いにしよ!」

    と自然になるだろう。
    しかし、老人たちはどうなのだろう。

    ぼくがカフェで見かける老人たちは、基本的に優先席にしっかり座っていそうな話をしている。友達の悪口とか、身体の不調とか。

    そんな会話のどこから、高尾山への登山計画が生まれるのだろう。

    そして、あの集団のなかには、一人くらい本当は乗り気ではない人がいるのではないか。

    最初は断ろうと思っていたのに、友達に誘われ、断る理由も見つからず、気づけば登山靴まで購入してしまった人。

    その人が優先席に座っているのなら、ぼくは全面的に支持したい。

    本人の意思とは関係なく、すでにずいぶん体力を消耗しているはずだからだ。

    そして、彼らが高尾山のどこかに存在する境界線を越え、いよいよ本気を出すとき、その人は何を思うのだろう。

    案外、誰よりも楽しんでいるのかもしれない。

    最初は気乗りしなかったことでも、やってみれば意外と楽しい。そんな経験は、きっと何歳になってもある。

    そう考えると、少しだけ羨ましくなってきた。

    最近のぼくは、仕事をして、ジムに行って、休日はカフェで本を読んで、たまに海外に行く。自分で選んだ生活だし、それなりに満足している。

    ただ、何もかもが自分の想定の範囲内に収まっているような気もする。

    特に人間関係において、最近何か新しいことをしただろうか。

    知らない人と仲良くなったり、普段なら断る誘いに乗ってみたり。そういう、自分の殻を少しだけ破るような経験を、いつからしていないのだろう。

    そう思うと、あの老人たちが急に眩しく見えてくる。いや、異様にチカチカする赤ピンクのウェアのせいかもしれない。

    ぼくも、たまには誰かの誘いに乗ってみようか。

    もっとも、高尾山に誘われたら断ると思うが。

     
     

    Y

     
     
    31歳、東京、一人暮らし。 目を背けたい支出と向き合って、 たくさんの肯定しています。

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