
14歳と同居する、34歳2児の母
34歳になった。
34歳はたぶん大人な年齢なので、ふだんは普通に大人として生きている。むかつくことを言われても大抵は笑って流せるし、化粧はちゃんと落としてから寝るし、スイーツパラダイスでケーキ10個食べて翌日後悔したりしないし。
14歳の頃の私は自意識がぐずぐずに煮詰まって、もうあと3秒くらいで爆発しそうだった。1日に100回くらい前髪を気にしていたし、雪国に住んでいたのに体操服の長ズボンがダサすぎて半ズボンしか履きたくなかったし、その体操服は”ショ袋”にいれて持ち歩いていたし。ちなみにショ袋とは当時はやっていたセシルマクビーとか、リズリサとかそういうお店のショッピングバッグのことなのだけれど、田舎に住んでいたので1枚しかもってなくて、その1枚のショ袋を大切に使っていた。
14歳ともなればもう、半分は大人だから、自分は何者かになれないかもしれないということに気づきかけていた。でも、それでも心のどこかで自分には光る何かがあるという希望のかけらを捨てきれずに、大事に大事にもっていた。
何者かになるための労力は、テスト前にちょっと勉強を頑張って学年で一桁の順位を取るのと等しい労力だと思っていた。(私の学年は30人くらいしかいなかった。田舎すぎて塾もない。)努力した者は必ず報われるのだと信じて疑わなかった。
私はいつも自分に自信がなくて、部活の先輩に意地悪言われても言い返す勇気もなくて、でも私をばかにしたことを後悔すればいいなんて心の中では強気なことを思ったりもした。ある日突然雑誌にちらっとうつる私を見て、「あっ!」と思うがいい、と。(ちなみにそのときはデザイナーになりたかった。)
だけど実際にはやっぱり周りの顔色を気にするあまり、嫌われないように、嫌われないように、と人の機嫌をとるのにすっかり疲れていた。
14歳の頃にみていた34歳は、おばさんだった。
超絶田舎に住んでいたからか、周りにいる34歳はほぼみんなお母さんで、お母さんはおしなべて自分の人生を歩んでる感じではなくて、家族の中で黒子だった。私もお母さんになったら朝5時に起きて家事をして、ケーキとかおいしいものはこどもに譲って、服は97%ユニクロかしまむらかあかのれんで、自分の時間もお金もありとあらゆる全てをこどもに捧げるものだと思っていた。そしてお母さんに夢なんてあるわけないと思っていた、というかお母さんにも夢があるということを想像すらしなかった。
あれよあれよという間に34歳になり、何者にもなれなかったけど真面目に働いて、真面目に子育てをしている。
でも時々自分の中に住んでいる自分、あの頃の14歳がにょきっと顔を出すことがある。
例えばエッセイで賞を取った時。そのたびに、「え、もしかして自分は書ける人間なんじゃないか!?」そんな風に勘違いしたりする。
そこから私の妄想はむくむく膨らむ。エッセイの連載をもらっちゃったりなんかして、そのうち書くことが仕事になって、家でコーヒー飲みながら仕事して、学校から帰ってきた子供たちに「おかえり」と言えるようになって。
むくむくはつづく。
平日に休めるから月曜日の朝からピラティス行ったりしちゃって、美容皮膚科にも通っちゃったりして。ほら、書く仕事ならシミ取りのダウンタイムも怖くないしね。そしてエッセイを書いたお金で、カルティエのトリニティとフェンディのピーカブーを買っちゃったりして。14歳の私の甘い期待は止まらない。
しかし、フォロワー何千人とか、何万人の方のエッセイを読んだとたん、14歳の私は「ぱちんっ!」と弾ける。
なに、この文章
うますぎる
これはもう、努力とかの話じゃない?
才能?いやいや、努力しまくってるの?努力の才能がすごいの?
混乱。
34歳の私が、14歳の私をなだめる。
ほらほら、子育て中の平日にピラティスになんか行ってる暇はないし、ピーカブーいくらするか知ってるわけ? 959,200円だよ。(2026.10現在・マイ ピーカブー ミディアムブラック レザー エンブロイダリーバッグ ミラー)
それにね、書く仕事はじめたらたくさんの人に読んでもらえるけど、読んでもらえるってことはたくさんのご意見を頂戴するわけで、その中には槍のような意見も含まれているわけで。「文章がへたくそ」とかはともかく「何かきらい」とか「思ったより不細工だ」みたいな幅広いご意見が届くわけで。
あなたは今、組織の一員としてとして、守られてんのよ。だからね、みんな、みーんな、ほとんどの大人がこうやって満員電車にゆらり揺られて働いてるんだよ!!
がんばれっ!!!
34歳の私にブンブン肩をゆすられて、14歳の私は不貞腐れながらも「叩かれるのこわいな……」とちょっと現実をみたりする。
なのになのに、なのに。こんな考え恥ずかしいから捨てちまえと思う自分がいるのに、心のどこかでは「でも自分は書く、書ける人になるんじゃないか」みたいな希望のかけらを34歳になってもずっと握りしめている。
今エッセイストとして活躍してる人は、普通の大人として生きてきたら偶然エッセイストになれたのか、それとも14歳の自分を大事に大事に取っておいたのか一体どっちなんだろう。
14歳の自分、暴れる自分を納得させるために、34歳の自分のやることを全部終わらせてから、眠い目をこすってパソコンに向かって書く。書いて書いて書きまくる、といきたいところだけど、でも34歳として明日の朝は6時までには起きないと詰むのでちまちまとしか書けない。ちょびっと書いて、ついでに仕事の勉強もしようとして、でも関係ないインスタとか見ちゃって、ほんのり後悔しながら早めに布団に入る。
14歳の自分が今の私を見たらどう思うんだろう。痛い?ださい?普通のおばさん?
でも、お母さんになったら、こどもに自分の持てるすべてを捧げるものだと思っていたけど、そんなことなかったよ。子どもから受け取るものもたくさんたくさんあるよ。それが何かって言われると、うまく言葉にできない、なんかキラキラした、一瞬で溶けちゃう雪のような、幻みたいなものなんだけど、でもそれはあなたのなかにちゃんと積もってゆくよ。
そんでもって、お母さんになっても、もっとハッピーになりたくて、なれる気がして、懲りもせずにこうやって書いてるよ。待ってろ、ピーカブー。
PS
お母さんになったのでちゃんとケーキも子どもたちに譲れるようになったよ。でも実は自分用の美味しいスコーンを隠しておいて寝かしつけ後に食べたりするよ。