
お盆、祖父と、その家族に会いに行く。【誰でも読めます】
家族がいない私には、先祖がいるのかと、時々考える。
孤独の中で、ふと浮かぶ、祖父の存在。
何もしてあげられないまま、
話さなくなり、寝たきりになり、死んでしまった祖父。
何かしてもらったかというと、わからないけど
なにかしようとはしてくれてたとは思う。
でも不器用でなにもできない祖父だった。
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寝たきりの祖父は、最後は会話はまばたきで行っていた。
自転車で1時間半の道を、会いに行った。
終末期の病院は、静かな中に唸り声が時々響く。
祖父も同様に静寂を過ごしていて、
「きたよー」
と静かに声をかけると、祖父は涙を流すから、私はケケッと笑って振舞った。
寝たきりの祖父に、沢山話しかけた。
YouTubeで、プロ野球珍プレー好プレーを見せた。
大好きだと言っていた、江川卓の動画も見せた。
今週のプロ野球ニュースも見せて、坂本勇人の話を沢山した。
何かを疑問形で投げかける度、まばたきで回答する祖父に、私はYESかNOかわからずとも満足だった。
そんな祖父に、寝たきりでも東京ドームで野球が見れる方法はないか、頑張って考えてみるねと叶えられない希望を差し出したことを後悔している。
月日が経って、コロナ禍に入った。
嫁に行った母の娘である私は、祖父の戸籍から見ると家族ではなかった。
面会ができなくなったまま、ある日祖母から
「じいが亡くなったの」
と電話で知らされた。
私は冷静に、わかった。とだけ答えてやるべき事を淡々とこなし、心の中でお別れした。
昔から、守護霊や霊的なものは信じないけど、
どこか生霊は信じてしまう私がいた。
高校生の頃、絶対に電車で深い眠りについてしまう私なのに、必ず降りなきゃいけない駅で誰かに起こされたかのように目が覚める。
何度かオーバードーズしたが、肝臓が傷んだだけで死ななかった。
飛び降りた時だってそう。
なにかワンクッション入ってると思った。
だいたいが祖父が生きてた頃の話。
ベットで寝たきりの頃、なにかと心配してくれていたんじゃないかと夢を見ている。
亡くなってからは、私が一方的に思い出すだけだ。
白い割烹着を着て料理をしている祖父だった。
写ルンですを向ける度、ニコニコと笑ってくれた。
その現像した写真は、手元にないけど、気づけば私は今カメラを扱う仕事をしている。
野球を見ていても思い出す。
江川卓を監督にしない巨人は悪だ。
そう言いながらも、巨人を応援した祖父。
菅野(スガノ)を、ずっとカンノと呼ぶ祖父とは、何度か言い合いになった。
菅野はまだ現役で活躍をしていると言ったら、祖父は驚くだろうか。
最寄りのコンビニは車で20分のところにあった。
そこに行くたびに、私にコンビニのおでんと、スポーツ報知を土産として持ってきてくれる。
スポーツ報知の一面に坂本勇人が載っていると、私を褒めるように坂本勇人を褒めた。
私は自分のことように嬉しかった。
坂本勇人だって、まだ現役なんだと言っても祖父はきっと信じないだろう。
高橋由伸は引退した。
阿部慎之助も引退した。
ふたりとも監督になったけど、ダメだったって言ったら、祖父は笑う前に、きっと
だから江川にしろって言ったんだ
と怒り出すのだろう。
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お盆、「先祖供養は大事だよ」という
大事にしてる人の一声で、
仕方なしに行くかと重い腰をあげた。
祖母に会うのも、母に会うのも気まずい。
祖父よりも、何を話したらいいかわからない。
口から恨み節が出る前に帰るか、
向こうから帰れと言われるか。
別に会わずに祖父に線香だけあげて帰ってもいいんだけど、義理と挨拶だけはちゃんとしろという祖父の言葉が浮かんでしまって、憂鬱ながらも祖母と母に会いに行くことを選んだ。
明るい顔で会いに行こう。
何も私は悩んでいないし、
毎日明るく生きている。
そんな顔をして、寝たきりの祖父に話しかけたように、祖母にも母にもそうやって、私は幸せですよと伝えてみる。
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夢にも出てこない祖父だけど
きっと一途に好きだった祖母の近くにいるんだろう。
祖母にも母にも好かれてはいないけど、
多分祖父には好かれていたと思うので、
祖父は、祖母と母を愛していたように見えたから
だから、どんなにふたりが私をきらいだとしても私は祖父に会いに行く。
2026.お盆。
どこも混んでて、チェーンの焼き鳥屋が可哀想に見える夏だった。
