メインコンテンツへスキップ

色々な最期

    8月以降、いろいろな最期を見てきました。

    最大の最期は、長らく飼ってきた金魚でしょうか。
    金魚の最期は、水に浮かぶものだと思っていたが。
    まさか、沈んだまま、鱗を広げ松笠のようになるなんて、
    想像もしていないことでした。

    かつて子供が金魚をすくってきたときも、正直「ウワー(やめてくれよ)」と思いました。
    それでも「返して来いよ」とは言えず、水の中でじっとしている大人しい生き物であるから大丈夫か、と思いながら二十年。
    冬はヒーターを付け、ろ過装置は二台設置し、弱った様子があれば塩浴。
    色が悪くなってきたら色揚げ餌。
    大きくなれば水槽も新調。
    時に小さな壺や水草を入れ、彼が不満そうなら他のものに入れ替え。
    ノーマルな和金の彼は水槽の中、大きくなり過ぎました。

    全長三十センチ。
    食事も部屋も独り占め。

    過去には子供が拾ってきた大量のカブトムシ、クワガタなどが家にいました。

    あるものは夜は元気に羽音をさせていても、朝には裏返し。
    あるものは、朝見れば、カブトムシゼリーの容器に頭を突っ込み、上に他の者に乗っかられ、出られなくなってたまに脚をピクリとさせるのみ。

    仰向けでもがきながら、まだ甲羅を広げ、飛べると騒ぐ籠のなかみ。

    それを覗くと、まるで閉じ込められた宇宙空間の中、
    いつか必ず死にゆく自分をそのまま見ている気持ちになります。
    大袈裟ですが、羽音足音すら断末魔の苦しみに聞こえてきます。


    果たして、彼らは幸せだったんだろうかなどと思いますが、
    不幸と幸せ、どちらも知らなければ何も思わないものなんでしょう。

    金魚は稚魚の頃から一人。
    かたや、かつて飼った虫たちは常に複数飼い。

    わたしから見れば、金魚のほうが幸せそうに見えてしまう今日この頃です。







    あなたへのおすすめ