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Photo bytarohanamana

医学部受験は「学力」だけの勝負ではない――失敗しても戻れる家庭

    医学部の学費について考えていると、
    少し不思議なことに気づく。
    国立大学の医学部なら、6年間の学費は比較的安い。

    一方、私立医学部になると、
    大学によっては6年間で数千万円かかる。
    それでも私立医学部へ進学する人はいる。

    さらに興味深いのが、
    「国立医学部に合格したのに、
     私立医学部へ進学する」というケースだ。

    普通に考えれば、
    「せっかく安い国立に受かったのに、
     なぜ高い私立へ行くの?」と思ってしまう。

    もちろん、大学の立地や教育環境、
    将来の進路など、さまざまな理由があるだろう。

    しかし、医学部受験の世界を考えていると、
    もう一つ見えてくるものがある。

    それは、
    「挑戦できる家庭」と
    「失敗できない家庭」の違い
    である。


    例えば、東大や京大の医学部を目指す学生がいる。

    最高峰の医学部に挑戦して、
    残念ながら不合格になる。

    しかし、その学生には
    私立医学部という選択肢が残っている。

    つまり、
    「最高峰に挑戦してみる。
     もしダメでも私立医学部に進めばいい」
     という受験ができるわけだ。

    これは、かなり大きなことだと思う。

    一般的な家庭なら、
    「東大・京大医学部に挑戦して
     落ちたらどうする?」という問題がある。

    浪人するのか。
    もう少し合格可能性の高い
    国立医学部を目指すのか。
    あるいは医学部そのものを諦めるのか。

    そこには大きなリスクがある。

    ところが、経済的に余裕のある家庭なら、
    「せっかく成績がいいんだから、
     最高峰に挑戦してみればいい。
     ダメだったら私立医学部に行けばいい」

    という選択ができる。

    これは、単純な学力の問題ではない。
    失敗したときに戻れる場所を持っているかどうか
    の問題でもある。


    考えてみれば、受験というのは不思議なものだ。

    同じ「東大医学部を受験する」という行為でも、
    家庭によって意味が全く違う。

    ある家庭にとっては、
    「人生を懸けた一発勝負」かもしれない。

    しかし別の家庭にとっては、
    「せっかくここまで勉強したんだから、
     一番上を目指してみよう」
     という挑戦なのかもしれない。

    前者にとっては、
    失敗が人生設計を大きく変えてしまう。

    後者にとっては、
    失敗しても次の選択肢が残っている。

    つまり、同じ試験を受けていても、
    背負っているリスクが違うのである。


    そして、ここから考えると、
    「学力が高い人ほど、努力だけで成功した」
    という見方も、少し違って見えてくる。

    もちろん、
    医学部に合格するには本人の努力と能力が必要だ。

    しかし、
    その能力をどこまで試せるかという部分には、
    家庭環境も関係してくる。

    例えば、

    「浪人してもいい」
    「私立医学部でもいい」
    「海外の大学でもいい」
    「やりたいことに挑戦してみなさい」

    と言える家庭と、

    「失敗したら家計が苦しくなるから、
     絶対に現役で国立に受かってほしい」
     という家庭では、子供が持てる選択肢が違う。

    これは医学部に限った話ではない。


    人生では、能力だけではなく、

    「失敗しても大丈夫」という環境そのものが、
     一つの資産になる。

    これが意外と見落とされている気がする。

    挑戦できる人は、
    必ずしも勇気があるから挑戦できるわけではない。

    もしかすると、
    「失敗しても何とかなる」という土台があるから、
    思い切って挑戦できるのかもしれない。

    逆に、能力があっても、
    「失敗したら終わり」と思っている人は、
    大きな挑戦を避けてしまう。

    だから、東大・京大医学部に挑戦して、
    ダメだったら私立医学部へ進むという受験生を見ていると、

    「この人は相当頭がいいんだな」

    というだけではなく、

    「この人には、
     失敗しても人生が壊れない環境があるんだな」

    という見方もできる。


    そう考えると、
    私立医学部の何千万円という学費も、
    単なる「高い教育費」ではなくなる。

    ある家庭にとっては、
    子供が最高峰に挑戦するための「保険」
    のような役割を果たしているのかもしれない。

    挑戦して成功すれば国立。
    挑戦して失敗しても私立。
    もう一度挑戦したければ浪人。

    いくつもの道が残されている。
    これは、お金によって買える「選択肢」なのだ。

    そして世の中には、学力や才能だけではなく、
    「失敗しても次がある」という環境そのものが、
    その人の人生を大きく左右する
    という現実がある。

    医学部受験を見ていると、
    そんなことまで見えてくる。

    結局、人生で本当に大きな差を生むのは、
    「どれだけ成功したか」
    だけではないのかもしれない。

    「どれだけ失敗しても、もう一度挑戦できたか」
    なのだと思う。




     
     
    魚は水を知らないという。 私たちもまた、言葉や思考という藍の中を泳ぎながら、その存在を見ていないのかもしれない。 AIと共に、小説や映画の“見えない水”を読み解いていきます。

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