
あはれ、秋風よ
気が付けばもう十月も後半戦、今年もあと二か月とちょっとで終わろうとしている。
昨日里芋を探して三千里な話を書いたが、アサイチで駆けつけた野菜の直売所にて無事にゲットする事が出来た。
それは良かったのだが、今シーズンはまだ一度もサンマを食べていない。
去年は記録的な豊漁でお値段も最安値で一尾300円程度とかつての大衆魚として親しまれた魚としてはやや割高感があったがそれでも手が届かない存在では無かった。
今年2026年は記録的な不漁と水揚げ高の減少で去年の倍以上の値段になっているそうである。
私の住んでいる山口県で見かけるのは塩サンマか解凍されたサンマしかなくお値段は一尾500円近くする。
自分の生活圏にあるスーパーではどこも生サンマを扱っておらずマボロシの魚になっている。
不漁の原因は海水温の上昇による魚群の移動や資源量そのものの減少や他国による公海漁業の影響など複合的な理由が複雑に絡み合っているので、すぐに以前のようにバンバン獲れるようになるとは考えにくいそうだ。
一昔前は九月になれば発泡スチロールのトロ箱に氷水を入れて新サンマを売っていたものである。
値段も安い時は100円前後とかなりお買い求めやすい魚だった。
その頃は気軽に手に取ってカゴに入れていた。
秋の乾いた空気も爽やかなお休みの日に庭に七輪を持ち出して炭火で焼いてたっぷりの大根おろしとすだちをキュッと絞ってハムリと食べていたものだ。
サンマの鮮度は下あごの先端を見るとよくわかる。
新しいものは先端が鮮やかな黄色であり、茶色くなっているのはやや古い物か冷凍ものと相場が決まっている。
なので氷水漬けになっている下あごが黄色い新サンマを手に取ると銀色の魚体はピンッとしていて丸々と太っており一目で脂が乗っているのが分かった。
炭火で焼く時は遠火の強火が鉄則で七輪と焼き網の間にレンガを挟んで高さを調整して、うちわでパタパタと風を送って火の勢いを調整する。
初めて炭火で焼いた時はその知識が無かったためにあっという間に表面は真っ黒こげで中身は生という最悪の失敗をしたものだが、経験を積むうちにちょっとずつ上手くなっていった。
去年はサンマの値段が底値になるまで粘ろうと今の季節位まで待ったが、300円が最低価格だったようで炭火焼きのチャンスを逃してしまった。
来年こそはと息巻いていたのだが、今年は大不漁によって価格が高騰しているからか本当に生サンマを見かけない。
私はわりとこまめにスーパーに通う男であるが、比較的鮮魚に力を入れているお店でも解凍品が二尾でよくても1000円前後くらいとなかなかのお値段である。
小さい頃からサンマは秋になると食卓によく上っていた魚であり、小骨はあるもののイワシに比べたら箸使いが未熟な私でも圧倒的に食べやすかった。
実家でも興が乗ると父が張り切って大きな七輪を使って家族分のサンマを焼いてくれたのでその美味しさは舌に馴染んでいる。
焼き立ての皮がまだプスプスと音を立てている所に箸を突っ込んで頬張ると皮目の脂が唇をヌメヌメにしてホックリした身のギュッと詰まった旨味が口の中に溢れる。
熱々の焼き立てはご飯泥棒で必ずお代わりをしたものである。
ワタの旨味はまだ理解できなかったので日本酒を飲んでいる祖父に食べてもらっていた。
私がその味を知る事になるのはやはり大人になって酒飲みになってからだ。
ほろ苦くて舌で潰すとほのかな甘みもあってそこに日本酒をキュッと流し込むと端然とした旨味が口から鼻孔に抜ける。
これが何ともたまらない、サンマのワタで日本酒一合は簡単に飲める。
子どもの頃はご飯のお供、大人になってからはお酒のアテにとサンマの守備範囲はとても広い。
何よりシーズンになると格安になるので家計にも優しい大衆魚を代表する存在だった。
去年の値段ならちょっと贅沢をすれば手に届いたが、今年はその存在すら見る事が無く秋も終盤に差し掛かってきているので底値を見極めるのを誤った一年前の自分の愚かさが恨めしい。
今年のサンマは魚体が小ぶりで身体も細身だという。
それでいてほとんど獲れないというのだから泣きっ面に蜂である。
サバもイワシも今では高級魚と言えるくらい値段が上がっている。
最近は食料品のエグい価格高騰が留まるところを知らないのでエンゲル係数を押さえるために出来る事を必死にやっている。
もし、今シーズンに何かのチャンスで新サンマと出会う事が出来ても一尾が500円位だったら涙を呑んで購入を見送るしかない。
急激な漁獲量の向上は難しいと思うので一消費者としては遠い未来に再びサンマが大衆魚として食卓に上る事を期待したい。
炭火焼きの煙で目がシバシバした感覚が懐かしくなってきた。
佐藤春夫の有名な詩が頭の中でリフレインされる。
さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか…。