
なんのはなしですか── Paradigm Shift《その180》美術と科学と心理学vol.4
前回は、
写真からAIへ。
絵画から、「再現する」という役割が、
少しずつ離れていく話だった。
そして、
ここからは、文章。
AIに文章を書いてもらう。
最近では、
もう珍しいことではない。
文章を、
分かりやすく。
論理的に。
簡潔に。
読みやすく。
そんなお願いをすると、
かなり上手に整えてくれる。
誤字も少ない。
構成もきれい。
言いたいことも、
ちゃんとまとまっている。
場合によっては、
「僕より、僕らしい文章じゃない?」
と思うことすらある🤣
そこで、ふと考える。
じゃあ、
人間が文章を書く意味って、
なんだろう?
論理的に書くこと。
分かりやすく書くこと。
きれいにまとめること。
それだけなら、
AIはどんどん得意になる。
むしろ、
人間より得意になる領域も、
増えていくのだろう。
もちろん、
だからAIに任せればいい、
という話でもない。
僕はむしろ、AIには、
どんどん手伝ってもらえばいいと思っている。
情報を整理する。
考えを広げる。
別の視点をもらう。
言葉を探す。
文章の構造を整える。
こういうことは、
AIと一緒にやればいい。
「思考はAI」
くらいに、大胆に考えてもいいのかもしれない。
──でも、それだけでは、
何かが足りない。
たとえば、
同じ出来事について、
AIに文章を書いてもらう。
きれいな文章になる。
でも、その出来事を、
自分が経験したときに、
胸の奥で、
何かが引っかかった。
なぜか、
少し寂しかった。
なぜか、
笑ってしまった。
なぜか、
その一言だけが、
何日も残った。
そういうものは、
どこから来るのだろう。
たぶん、
自分の中にある、
過去の記憶とか。
身体の感覚とか。
その日の気分とか。
言葉にならなかった感情とか。
そういうものが、
知らないうちに混ざっている。
だから、同じ出来事を見ても、
僕とあなたでは、
違う文章になる。
そして、
その違いが、面白い。
「正しい文章」と「響く文章」
両者は、たぶん少し違う。
論理的に正しい。
文法的に正しい。
美しく整っている。
それは、もちろん大切だ。
でも、それだけでは、
人の心に残らないことがある。
逆に、
少し不器用で。
少し遠回りで。
ちょっと変な言い回しで。
途中で、
「これ、何の話なんだろう?」
となる文章なのに、
なぜか、あとから思い出す。
そんな文章もある。
不思議だ。
きれいなのに、
響かない。
きれいじゃないのに、
響く。
この違いは、何なんだろう。
僕は、
「温度」
みたいなものなのかな、
と思っている。
言葉そのものではなく、
その言葉が、
どんな体験を通って、
ここまで来たのか。
その人が、
どんな気持ちで、
その一行を書いたのか。
そこには、
文章だけでは測れないものが、
少し混ざっている。
だから、
AIと人間を、
「AIは論理、人間は感情」
と単純に分けるのも、
ちょっと違う気がする。
AIだって、
言葉をつなぐ。
人間だって、
論理的に考える。
境界線は、
そんなにきれいではない。
むしろ、
その「あわい」に、
面白さがある。
AIが、きれいな文章を作れる時代。
だからこそ、
人間が書く文章には、
完璧さとは違うものが、
残っていくのかもしれない。
迷い。
揺らぎ。
言い淀み。
寄り道。
その日の自分にしか、
書けなかった一行。
それは、
効率から見ると、
たぶん、無駄だ。
でも、
その無駄の中に、人間がいる。
……なんのはなしですか。🤣
美術の話から始まって、
いつの間にか、文章の話になってしまった。
でも、たぶん、
同じ話なんだと思う☺️
写真が登場したとき、画家は、
「正確に描く」以外のものを探した。
AIが登場した今、僕たちも、
「きれいに書く」以外のものを、探し始めている。
💧 BLUEのしずく
きれいに整った言葉は、
誰にでも届く。
でも、
少し揺れた言葉は、
誰か一人のところで、
立ち止まることがある。
その違いが、
もしかすると、
人間の文章なのかもしれない。
《A Drop Remains.》💧
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