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ずおも個人的な平成史⑧「進たなかった男女平等」

     今回のこずは、曞くのは難しいこずだず思っおいたす。
     私自身は、昭和に男性ずしお生たれお、ゞェンダヌも男性ずしお生きおきお、若い頃には、それこそ、ゞェンダヌずいう蚀葉も知らないくらいでした。
     そんな人間が、「男女平等」ずいったこずを、個人的ずはいえ、曞くこずができるのか、曞く資栌があるのだろうか、ずいった気持ちはありたす。

     ただ、こうしたこずを曞こうずする時に、若い時には、こういうためらいも持たなかっただろう、ず思うず、それが個人的な倉化なのかもしれたせん。自分の芋たり聞いたりした範囲だけですが、少し振り返っおみたいず思いたす。

    男女雇甚機䌚均等法

     この法埋ができたのは、昭和の終わりの頃だった。
     その圓時は、ただ昭和が終わるずは思われおいない頃で、そしお、バブル景気を迎える頃だったから、経枈的にも恵たれおいた時代だずも思う。
     昭和の終わりの頃、幎代の埌半でも、就職詊隓の面接で、女性には、圌氏はいるのずいった質問が普通にされおいお、就職掻動をしおいる頃にも、䞀人暮らしは䞍利で、芪戚ず同居しおいる女子孊生のほうが評䟡されやすい、ずいった話が真剣にされおいた。

     そのこずに察しお、プラむベヌトず仕事ず関係あるのだろうか、ずも思っおいたが、今では、絶察に蚱されない面接が、幎代では平気でされおいた。そしお、そうしたこずぞの違和感や反発は、䞖玀の今より、はるかに少ないのも事実だった。

     女性は結婚するのが圓然、ずいうような芋方もされおいお、「クリスマスケヌキ」ずいうようなこずも蚀われおいた。これすら、クリスマスのありかたが違っおきおいるので、今は䌝わりにくい郚分がさらに出おきおいるず思うのだけど、月日たでは䟡倀があるクリスマスケヌキが、日になるず、倀段を䞋げおでも売られるようになる、ずいう事実にもずづいお、女性は歳たでに結婚しないず、みたいなこずが冗談ずしお蚀われおいた。

     それが、どこか気の利いたゞョヌクのように扱われおいたずも思う。
     ただ、倧孊を卒業したずするず、就職しお、歳なんお、すぐだし、その頃も男性に察しおは、それほど、幎霢的なこずは蚀われおいなかった。

     そんな時代に、男女雇甚機䌚均等法が斜行された。
     幎に斜行されたのは、憶えおいお、だけど、それで䜕かが倧きく倉わる、みたいな期埅ずか予感もなかったように思う。女性の埌茩が就職掻動をしおいたが、そのこずによっおの倉化の話題は出なかった。

     私は、瀟䌚人になったばかりだったが、すでに転職をしようずしおいお䜙裕もなかった。そんな颚に無関心でいられるのは、男性だったから、ずいうこずもあるのだろうけど、女性でも、そのこずを話題にしおいる人は孊生ではただ少なかった印象もある。

     今は、そのこずに぀いおの倉化を、あたり知らないこず自䜓が、自分の無関心のせいだった、ず思う。

    昭和の終わりから、平成の職堎

     私は、最初に就職したのが某スポヌツ新聞瀟だった。
     フロアに女性は、経理担圓の人だけだった。
     男ばかりで仕事をしおいお、取材察象はもちろん男女は関係なかったのだけど、その職堎は幎足らずでやめおいた。

     そのあず、出版瀟で働き始めた。早く、自分が曞きたいこずを曞けるフリヌのラむタヌになりたかった。もちろん、そんなに自由に曞きたいこずだけを曞けるわけもなかったけれど、線集に関わるようになっお、自分が曞きたい気持ちは匷くなっおいった。

     出版瀟は、スポヌツ新聞瀟に比べたら、女性は倚かった。
     それでも、線集長や、圹職が぀いおいるのは男性ばかりだったず思う。
     ただ、そのこずに疑問を持おなかった。自分のこずで粟䞀杯だった。仕事をしおいる時は、仕事ができるかどうかが䞀番倧事なこずだった。

     昭和の終わりの頃にフリヌのラむタヌになったら、平成になった。
     マスコミも組織的には「男瀟䌚」で、だけど、組織の䞀番䞋で働いた経隓しかなかったし、䜕しろ幎しかいなかったから、「組織」ずいうものが分かっおいなかった。それに、「男瀟䌚」を特に意識しなかったのは、やはり、自分が男性だったからだず思う。だけど、䜕幎かたっお、スポヌツ新聞瀟で、初めお女性の蚘者が働き始めただけで、ニュヌスになったくらいだから、やっぱり「男瀟䌚」だったず思う。

     フリヌのラむタヌずしお、働き始めおいお、担圓の線集者は男性が倚めだったが、女性線集者も圓然いた。女性誌では、女性線集者が倚かった。同業者には男性も女性もいお、珟堎では䞀緒だった。男ばかりずいう印象ではなかった。

     平成では、幎くらい、そうやっお組織の倖で働いた。
     もし、䌁業ずいう組織で働いおいたら、たた違う光景を芋おきたのだず思う。 
     仕事に関しおは、男女に぀いお、考えるこずも、ほずんどなかった。プロずしおの技量ばかりを考えおいた。それは、やはり男性だったから意識しないですんだのではないか、ず今になるず思う。

     セクハラずいう蚀葉が少しず぀聞かれるようになっおいたが、その頃は、ただどこか冗談の䞭で䜿われるような印象があった。぀たり、それで仕事を倱うような行為ず思われおいなかったはずだった。

     パワハラずいう蚀葉は、個人的には、ただ聞いたこずがなかったが、線集者ずフリヌのラむタヌの関係性は、圧倒的に力に差があるので、基本的に、パワハラの構造を含んでいたず今ならわかる。正圓なこずを䞻匵しおも、線集者に合わないず思われたら、ラむタヌは即座に、仕事が枛ったりするこずもあった。

     私は結婚もしお、劻の実家のそばに䜏むようになった。
     自分の芪が結婚に反察しおいた、ずいうこずもあったし、劻の母芪のほうが幎霢が高く、いろいろず介助が必芁になるず、思ったせいもあった。

    介護の䞖界の男女平等

     幎に、急に私の母芪に介護が欠かせなくなり、そのうちに自分も心臓発䜜を起こしたこずや、劻の母芪にも介護が必芁になったので、仕事をやめ、介護に専念するこずになった。売れないフリヌのラむタヌだから、䜕床か仕事を断っただけで、きれいに無職になった。

     介護に専念する時間は、幎以䞊になった。

     介護をしおいお、「男なのに偉いわねえ」ずいう蚀い方をされたこずもあった。
     母芪ず歩いおいる時に、「嚘さんだったらよかったのにね」ず倧きめの悪気のない声で䌝えられた。
     呚囲は、女性が圧倒的に倚かった。専門家も女性が倚く、介護に専念しおいるず、男性は珍しがられた。しかも、代で介護生掻に入ったので、自分では「もう歳だから」ず思っおいたのに、急に「若手」に芋られるようになった。
     幎䞊の人に、介護に関しお、その人の知り合いの経隓の話で、埮劙に説教もされたりした。

     男性で「若手」。今たでも組織で働いおいない郚分では「マむノリティヌ」だったず思うのだけど、気が぀いたら、おおげさかもしれないが、介護の䞖界でも「マむノリティヌ」になっおいた。ただ、それは、介護は女性がおこなうもの、ずいう考えが圓たり前にあったこずの、反映でもあったず思う。

     介護を続けながら、今はなくなっおしたった「ヘルパヌ2玚」の資栌を取った時も、教宀は割が女性だった。他の男性は、私よりもかなり幎䞊だった。どうしおそんなに若い人がここに、などず男性講垫に面ず向かっお蚀われた。ただ、考えたら、私より圧倒的に若い女性もいたのに、その人は、そういう颚に蚀われおいなかった。

     呚囲の人に恵たれお、その講矩を受けおいる時間は楜しかった。毎日、呚囲の、自分より幎䞊の女性の方々ずお菓子の亀換をするようになった。それでも、あたり話をしない女性には、男に䜕ができるのよ、などず蚀われるこずもあったが、幞いなこずに、よく話をする女性が、かばっおくれたりもした。

     介護に関わるのは、家族も、専門家も、圧倒的に女性が倚かった。それだけ女性が倚いのに、介護斜蚭などの責任者は、男性、それもかなりの幎霢の方ばかりだったず思う。

     男性介護者が、介護殺人の加害者になるこずが倚いずいう報道がされたあずは、「男性介護者は危険なんですっおね」ず、蚀われたこずもあり、どう答えたらいいか分からなかった。
     介護者支揎の専門家の講挔で、「男性介護者は〇〇です」ずいう話がされおいた。その「定型」の䞭に自分はいなかった。時々、偏芋ずしか思えない蚀い方に、支揎に察する期埅が小さくなった。
     フェミニズム で著名な人の本の䞭で、男女問わず、今の介護者を、どこか䞋に芋おいるような衚珟に出䌚っお、なんだかがっかりした。
     「介護は誰にでもできる」ずいう発蚀が泚目をあびたこずもあった。それは個人の勝手だず思うし、その芋方は粗いずも思ったのだけど、それよりも、その発蚀に、思ったより賛同する人が倚いような感じが、こわかった。

    実は、倉わっおいなかった瀟䌚

     幎平成幎に資栌をずり、幎ぶりに现々ず仕事を始めた。女性が倚い資栌でもあり、働き始めた堎所で接するのも圧倒的に女性が倚かった。
     その時は知らなかったが、もうすぐ平成が終わる頃だった。
     
     元々、瀟䌚のこずをわかっおいるわけでもなく、あたりにも狭い芖野なのも自芚しおいた。私は䌚瀟組織の䞭にいたのは幎足らずだったし、ここ幎は、ほが介護をしおいただけだったから、本圓に䜕も知らないたただった。自分が若い頃は、男尊女卑的な蚀動もずっおいたず思うし、今だっお、本圓のずころは、分からない。だから、男女平等に関しおは、䜕もしおこなかったし、䜕かを蚀う資栌があるずも思っおいなかった。

     ただ、男女雇甚機䌚均等法が斜行されおから幎くらいた぀し、時代は進んだのだし、ずっず経枈が䞋降線で、人口が枛っおいく䞭で、女性を排陀するような䜙裕など、あるわけがないのも明らかだから、いい加枛、男女平等は進んでいるずなんずなく思っおいた。

     それでも、そうではないず思えるような出来事も、だんだん芋聞きする機䌚が増えおきたようにも思っおいた。そのすべおの䟋をあげるこずもできないし、語る力もないが、その䞭で、「女性の掻躍応揎団」ず䞻匵しおいるポスタヌに男性ばかり、ずいわれた出来事があったのは、平成の終わりの頃だった、ず思う。そのビゞュアルは、「倉わらなさの象城」のようにさえ芋えた。

     さすがに、その埌、そのビゞュアルは倉曎されおいたようだった。だけど、掻動の趣旚の䞭で、「県内䌁業のトップの玄割が男性ずいう珟状から、男性トップの意識改革が重芁であり、男性トップから男性トップぞの働きかけが効果的であるず考え、メンバヌはあえお男性ずしおいたす」ずいう発想自䜓が、女性を排陀しおいるように思えるのは、考え過ぎだろうか。本圓に応揎するのであれば、県内䌁業トップの玄割の女性も参加した方が、有意矩な掻動になりそうなのに、ず思うのは、䌁業ずいう組織を知らない人間だからだろうか。そしお、その掻動が「善意」によるものだずいうのも分かった気がしたが、だからこそ、より困難さも感じおしたった。


     平成から什和に時代が移る頃、ゞェンダヌ䞍平等指数が、幎には、カ囜䞭で䜍で、かなり䜎く、あの男女雇甚機䌚均等法はなんだったのだろう、ずいうような気持ちにもなっおいたが、幎の発衚では、カ囜䞭で䜍ずさらに䞋がっおいた。なんずなく、むメヌゞでは進んでいたず思っおいた日本の「男女平等」の珟実が芋えおしたったような気もした。

     そういえば、その頃、認知症の講挔䌚のような堎所で、最初に挔壇に立った講挔者に、声が小さくお聞こえない、ずいった男性の怒鳎り声が飛んだのを聞いた。その時、思ったのが、その講挔者が、女性ではなく、男性だったら、そんな声をずばしたのだろうか、ずは反射的に思った。

    これからの人たちの意識

     その䞀方で、代から代の人たちず知り合うようにもなり、結婚した盞手のこずを、配偶者ず呌んでいる男性を耇数知るようになっお、それは、やはり男女は平等である、ずいうこずが自然に肌に染みおいるずいう印象を受けた。

     そのこずは、正しいこずをする、ずいうよりは、そのほうが幞せに生きられるから、ずいう自然な姿に芋え、もずもずは男尊女卑的な時代に育った私のような人間から芋るず、少しうらやたしいし、そういう人たちが増えおくれば、瀟䌚は、確実に倉わっおいくのだろう、ずいう垌望に芋える。

     意識が倉わっおいく、ずいうよりは、そういう人たちは、最初からそんな颚に育っおきお、その姿勢を、こちらが気が぀かされる、ずいうこずなのだろう。

     もちろん、䞖代だけで区切るように語るのは愚かだずは思うが、割合でいったら、若いほど、自然に男女平等を䜓珟しおいる人たちが倚くなっおいる感芚はするから、楜芳的に過ぎるかもしれないが、平成では無理だったけど、什和から倉わっおいくず思う。


     これからも、「倉わらない人」は、おそらくは「非難されないように」ず蚀う姿勢でゞェンダヌのこずは扱うだろうし、倉わっおいく人は、誰もが、より生きやすい瀟䌚の前提条件ずしお、平等な瀟䌚を目指すように思う。だから、「倉わらない人」ず、「すでに意識が違う人」は、䞋手をすれば分断するしかないのかもしれないが、ただ、「すでに意識が違う人」のほうが、圧倒的に若いこずが倚いから、それが生物ずしおの代替わりになっおいくのかもしれない。

     平成は、「倉わらない人たち」が瀟䌚の䞭で力を持ち続けたから、ずっず「男女平等」さえも実珟に近づけなかったず思う。他人事のように語れないけれど、おそらくは、その「倉わらない人」たちは、本人たちも気が぀かないほど、気持ちの深いずころで、「男女平等」を拒んでいたずしか思えない。そこを詳现に考えるのは、私には力が足りないが、その拒む動機は、本人にもわからないず思うが、おそらく幞犏な原因ではないずは思う。


    この「ずおも個人的な平成史」シリヌズに぀いお


     「昭和らしい」ずか、叀くさいずいう意味も含めお「昭和っぜい」みたいな蚀い方を聞いたこずはありたすが、「平成っぜい」や「平成らしさ」は、あたり聞いた事がないような気がしたす。
     新しい什和ずいう元号が始たっお、すぐに今のコロナ犍になっおしたい、「平成らしさ」を振り返る前に、このたた、いろいろな蚘憶が消えおいっおしたうようにも思いたした。
     だから、個人的にでも「平成史」を少しず぀でも、曞いおいこうず思いたした。私自身の、ずおも小さく、消えおしたいそうな、ささいな出来事や思い出しか曞けたせんが、もし、他の方々の「平成史」も集たっおいけば、その蚘憶の集積ずしおの「平成の印象」が出来䞊がるのではないかず思いたす。


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    幎月投皿開始。珟圚、蚘事数は玄。「曞くこずが、仕事になる」を目指し、幎月からは、毎日、noteに投皿を続けおいたす。暮らしたわりの出来事を、曞くこずが倚くなりたした。東京郜圚䜏。

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