
【AI×子育ての極意】#3 家庭のルールには、出口を用意しました|使わせないためのルールではない……
今回は、私の家の話です。
これまでの2回は、世界の話と、考え方の話でした。
今回は、実際に私の家で何を決めて、何が起きたのかを書きます。
先に書いておきます。
うまくいった話として読まれると、意味が変わります。
怖いことは、実際に起きました。
つまずきもありました。
そのうえで、どう考えてきたかを書きます。
子どもにスマホを渡したのは、小学校中学年ごろでした
まわりには、早いと言う人もいました。
私も妻も、危険な面があることは知っていました。
ただ、危険なことは、スマホに限ったことではありません。
現実の社会の中にも、同じくらい危険なことはあります。
それよりも、これからICTがどう発展していくかを考えたときに、早く始めたほうがいいのではないか。
そう夫婦で話して、決めました。
いちばんの決め手は、年齢でした。
そのころなら、親のアドバイスがまだ子どもに届くと思ったのです。
遅くなればなるほど、こちらの言葉は届きにくくなります。
届くうちに渡して、届くうちに一緒に覚えたほうがいい。
そう思いました。
渡すときに決めたこと
いくつか決めました。

買ってあげたものだから、また、危険なこともあるので、親が勝手に見ることがあること。
何か心配なことが起こったら、絶対に怒らないから、親に知らせること。
寝るときは、リビングに置いていくこと。
守れなかったら、使うことはできないこと。
学校には持っていかないことも、添えました。
これは、家で決めた禁止ではありません。
学校がそう決めていたからです。
そのころの子どもは中学年で、守ることは当たり前で、大切なことだと本人も思っていましたし、私にもそう話していました。
それに、まわりに持っている子がまだ少ない時期でした。
嬉しさ半分で持っていってしまえば、本人がつらい思いをすることになります。
いろいろな面を考えて、その言葉を添えました。
決めたことのどれも、「使わせない」ではありません。
使い続けるための条件を、先に決めておいただけでした。
このルールは、子どもを縛るためのものではなく、傷つかないためのものでした。
そのルール以外は、本人の使い方に任せました。
使っている様子を隠すこともありませんでした。
どんなことをしているのかも、自分から話していました。
だから、任せていられました。
実際、怖いことは起きました
画面に、怖いメッセージが突然現れたことがありました。
青い顔をして、相談に来ました。
親しく交流していた人から、嫌なことを言われて、ショックを受けたこともありました。
そのたびに、相談してくれました。
だから、「世の中にはいろんな人がいるんだよ」「あなたが悪いわけではない」と伝えることができました。
怒らないと先に決めておいたから、話してくれたのだと思います。
怒っていたら、たぶん次からは言いません。
事件は、隠されていきます。
リテラシーは、事件のあとにしか育ちません。
事件が起きないことよりも、事件が隠されないことのほうが大事だと、私は思っています。
タブレットと、絵を描くこと
中学生のころ、絵を描くためのタブレットを勧めました。
それまでは、おもちゃのようなペンタブレットで描いていました。
初めは嫌がりましたが、本人もタブレットについて調べたらしく、最終的にはタブレットにしました。
押しつけではなく、選んでもらった形です。
時間さえあれば、絵を描いていました。
絵を描くことは、幼いころから好きでした。
中学校では美術部に入りました。
進路も、本人が希望して決めました。
まわりからは別の道を勧められましたが、本人の希望が一番いいと思って、応援しました。
タブレットやアプリの操作に慣れていたことは、進学してからの学びで、そのまま活きました。
今は、その分野の仕事をしています。
ルールには、出口を用意していました
そのうち、守ることより、自分で判断することのほうが大事になってきました。
思春期に差しかかるころから、ルールに振り回されるのは良くない、と伝えるようにしました。
決まりを守ることを教えて、そのあとに、決まりを自分で見直すことを教える。
順番があるのだと思います。
夫婦共に、早く渡して良かったと思っています。
国には出口がなくて、家庭にはあります

ここで、同じ言葉について書いておきます。
「ルールは、子どもを守るためだ」。
この言葉を、禁止する側も使います。
私も、この記事で書きました。
同じ言葉なのに、中身は違います。
違いは、目的です。
使わせないことが目的なのか、使い続けられることが目的なのか。
そこが違うと、同じ言葉が別のものになります。
もう1つ、もっと大きな違いがあります。
出口です。
国が一律に禁止すれば、その子が大きくなっても、解除される日は来ません。
16歳になったら、という線は引かれます。
ただ、その子が判断できるようになったかどうかは、見てもらえません。
家庭のルールには、出口があります。
本人が判断できるようになったら、手を離す。
そのつもりで置いたルールでした。
世界がしているのは、禁止ではありません。
順序の設計です。
順序には、終わりがあります。
終わりがあるから、次の段階に進めます。
まとめます。
この1年で、世界は子どもとスマホとAIを、遠ざける方向に動きました。
ただ、禁止は、使わせない方法ではありませんでした。
見えなくする方法でした。
分かれるのは、使うかどうかではありません。
リテラシーを渡せたかどうかです。
そして、リテラシーは、事件のあとにしか育ちません。
だから、事件が隠されないことのほうが大事なのだと思います。
次回からは、実践編です。
何を、いつ、どう決めておくか。
家庭で今日から決められる形にして書きます。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
お子さんに渡したとき、いつ手を離すかを決めていますか。
私は、その日を決めていました。
決めていたから、怒らずに待てました。
出口のないルールは、いつまでも大人のものですが、出口のあるルールは、いずれ子どものものになります。
▼ 【AI×子育ての極意】シリーズのマガジンはこちら
これまでの記事と、今後の更新は、こちらのマガジンにまとめていきます。
次回からは、実践編です。家庭で実際に使っている決めごとと、そのときに交わした言葉を書いていきます。
▼ yasuへのご相談(壁打ち)や執筆のご依頼はこちら
▼ あわせて読みたい
#1「AIを禁止した国で、何が起きているのか」
#2「禁止の反対は、解禁ではなく設計です」
最後まで読んでくれたあなたへ
ありがとうございます。
この記事が、あなたの家庭の何かの役に立てば、書いた意味があります。
スキやフォローをいただけたら、次を書く力になります。
ご家庭のルールを、コメントで教えていただけると嬉しいです。
「これは書かなかった」という部分も、きっとあります。
それも含めて、家庭の数だけ形があります。
今後もよかったら、のぞいてみてください。