
『みんな、いた。|シロクマ文芸部』
🌕
猫は昔から、夜になると玄関にいた。
家族が帰ってくるたび、ちらりと顔を上げる。
母親が帰る。
娘が帰る。
息子が帰る。
そして最後に、男が帰ってくる。
「ただいま」
男が靴を脱ぎ、居間で腰を下ろす。
すると猫は当然のように、その膝へ飛び乗った。
「なんだ。待ってたのか?」
男は笑って、背中を撫でる。
猫は知らん顔で丸くなった。
全員そろうまで、猫は玄関を離れなかった。
誰も、それを不思議には思わなかった。
🌓
男が死んでからも、猫は変わらなかった。
決まって夜の九時。
男がいつも帰ってきた時間になると、玄関へ行き、閉じた扉を見つめた。
「今日も居るね」
娘が言った。
「お父さん、まだ帰ってくると思ってるのかな」
「猫って、そんなこと覚えてるの?」
「さあ。でも毎日ここだよ」
家族は猫の背中を撫でた。
「ほんと、お父さんが好きだったのね」
猫は振り返らない。
母親が帰る。
娘が帰る。
息子が帰る。
——三人。まだ足りない。
猫はまた、扉を見た。
一年。
三年。
五年。
それでも男は帰ってこなかった。
🌙
十年目の冬。
猫はずいぶん老いた。
高いところへは登れず、歩くのも遅くなった。
それでも夜九時になると、ゆっくり玄関へ向かった。
その夜、猫はいつもの場所に座らなかった。
扉に鼻先を寄せ、そのまま静かに伏せた。
翌朝。
家族はそこで猫を見つけた。
眠っているようだった。
「やっと、会えたかな」
娘が言った。
🌑
扉の向こう。
男はしゃがんで待っていた。
猫が歩いてくるのを見つけると、笑った。
「遅かったな」
「ずっと待ってたのか?」
猫は答えなかった。
ただ、懐かしい膝へ飛び乗った。
男はその背中を撫でた。
こちらでは、十年。
向こうでは、ほんの少し。
猫は目を閉じた。
——みんな、いた。
おわり
あとがき
noteで書き始めて、一年が経ちました。
普段は、わりとうるさい記事ばかり書いておりますので(笑)
一周年くらいは静かに迎えようと思います。
いつか会心の一作ができたら、そのときは盛大に。
それまで、みなさま、どうぞお待ちくださいませ。
そんなわけで、本作をもって、ひっそりお祝いです。
おめでとう、たび.🎉💐🎉
そして、この一年。
読んでくださった皆さま。
笑ってくださって、ときには立ち止まってくださって、
本当にありがとうございます。
また、ぼちぼち書いていきます。
2026秋 たび.

こちらの企画に参加させていただきました。
1年前はこんなのも書いてました。