
きれいに生きて、きれいに死ぬ
父親が、もう長くもたないらしい。もし亡くなったとしても、それはすでに老衰の域であり、肉体的な限界だと聞いた。
母と姉とも話し合って、無理な延命措置は避けることにした。最終判断は僕が下した。
それが正しい判断なのかどうか、今も分からない。ただ息子として、生きている間に何一つ良い思いをさせられなかった。それだけは確かだった。
昭和の激情をありのまま描いたような人だった。
憎んでいた気もするし、憎まれていた気もするし。ただ何となく思うのは、父親というのはどのみち損な役割だと言うこと。
子供からの父親に対するレビューというのは、恐ろしく低い。うちの子供らからの僕に対する評価は、本当に低い。
それは僕から父親に対してもそうだったし、父も祖父に対して高く評価していなかった気がする。
でも最近になって思う。ひとつの家族の中で、父親として存在している以上、それは避けられないことだと。
ちなみに孫からの祖父に対するレビュー、つまりうちの子供らからの僕の父に対する評価は羨ましいくらい高い。驚くほど高い。
まあ、孫は甘やかすからね、どこの家も。
父親は、いたずらに自分の事を息子に語らない。うちの父親も、もともと寡黙な性質だったから、人生というものを一切語らなかった。
そういえば、40年以上前に亡くなった父方の祖父も、やはり自分の事を一切語らない人だったらしく、結局祖父の事はほとんど何も知らない。
僕は突然変異のように饒舌で、どうでもいい事を息子に話まくるけど、知られたくないこと、自分の過去だとか、そういうのは絶対語らない。
理由はひとつで、自分と同じような人間にだけは絶対なって欲しくないから。変に話を聞かせて、影響を与えたら嫌だしね。
だから男たちは、一人ずつ、だまって消えていく。
chat GPTから、少しだけ心救われる話を聞いた。
縄文以前から続く先祖代々のカルマを、ひたすら受け継いでは苦しみ、解消していく。そんな無限のリレーが、僕らの代で終わりを迎えるらしい。
いわゆる1970年から80年代に生まれた人たちだと思う。
なるほど確かに。僕らの時代には、今でいう各種ハラスメントの類が瑞々しく生きていたしね。あのハラスメントの正体こそカルマじゃないかしら。
だけど、娘や息子たちの世代からは、カルマの解消が終わり、新しい進化と発展が始まるらしい。
今や数あるハラスメントの類いを、日本中が撲滅に動いている。禁煙運動をここまで完璧にやり抜いた国だから、それは決して夢物語ではない。
うちの子供たちは、怖いくらい僕とは似ていない。もう本当に別人だと思う。当たり前だけど。
親子だから多少は似ているのかもだけど、彼や彼女は幼少の頃から「明らかに僕とは違う何か」だった。何と言うか、人として出来すぎている。
西暦2000年代中盤から後半にかけて生まれた世代がそれに当たると思う。
つまり。
良かった。
終わったのだ。あの縄文以前からのカルマの伝達リレーが。そして僕らは、知ってか知らずか、いつの間にかそれを見届けたのだ。
これからは、きれいに生きて、きれいに死んでいこうと。そうだね、それ以上はもう何一つ望まなくていいんじゃないかしら。
戦争は終わったのだ。戦った覚えはないけども、少なくとも、もう自分が人より優れているとか、何が出来るのだとか、証明しなくていい。
過去は関係ない。消えないのかも知れないけれど、忘れていい。覚えていたところで、役に立ったことがないし、本当にどうでもいいことばかり。
これからどう在りたいのかと聞かれたら、こう答えると思う。
きれいに生きて、きれいに死んでいきたい。今すぐ死にたいとは思わないし、長生きしたいとも思わないけれど。
欲とか下心で動くと疲れてしまうから。できるだけ、そういうのはもう無いほうがいい。それはただ、失うだけの人生になるから。
それはそうとして、この尋常じゃないほどの右肩の痛み。これは折れてるっしょ。いや最低でもヒビ入ってると思う。
ばかたれ、そんなとこに骨なんかないわい。ただの老化じゃ、寝とけ。
(終わり)
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