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【り…】したからあしたを様直伝の国譲りを曲解し出雲大社を建立。

    したからあしたを様の神エッセイ『余白の国譲り』に魂を撃ち抜かれた40代独女。老眼を認めず「大国主のように場所を譲れば巨大な社が建つ」と曲解して区役所で暴走した結果、警備員室へ直行した敗北の記録。

    あたくし

    視界が霞む区役所で、毛様体筋が敗戦処理を始めた事件

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    夕暮れの区役所でございます。

    あたくしは今、猛烈に戦っております。
    相手は「住民票交付申請書」です。

    ……見えないのです。

    氏名欄の米粒のような活字が、激しく霧の彼方に消えてゆくのです。

    認めるわけにはまいりません。
    あたくしは40代の知的な独女。

    老眼などという無粋な現象が、この貴婦人の肉体に訪れるはずがございません。

    「……今日は区役所の蛍光灯のルクスが足りないのですわ。」

    心の中で冷酷な言い訳を連射しながら、用紙を遠ざけます。

    肘を伸ばします。
    30センチ。
    40センチ。
    50センチ。

    ピンと伸ばした右腕の先で、紙が小さくプルプルと震えております。
    端から見れば、視力を測る謎の儀式です。

    しかし、あたくしの表情は極めて涼やか。
    「知的キャリアの優雅な遠視」を偽装している真っ最中でございます。

    その時でした。
    隣の記入台に、若い男女が並びました。
    眩しいほどのハリとツヤ。

    流れるような手首のスナップで、申請用紙を猛スピードで埋めてゆきます。

    ……速い。
    信じがたいペンの初速です。

    あたくしの濁った瞳に、ドス黒い敵愾心が灯りました。
    「若さにかまけて雑に書き殴るなど、品性を疑いますことよ……!」

    見苦しい嫉妬で内臓を煮立たせながら、時間を確認するふりをして、スマートフォンを開いたのです。

    そこで、したからあしたを様が綴られた、美しき結晶のような文章に出くわしてしまいました。

    近くの文字は見えなくなった。人の人生は、少し見えるようになった。

    https://note.com/tasty_lynx8343/n/na2f71b36028a

    ……。

    電撃が、脳天を直撃いたしました。

    毛様体筋が、完全に機能を停止いたしました。

    人の人生、
    ですって……?

    あたくしが今、目を細めて必死に見つめていたものは何だったでしょうか。

    隣の若者の手首への嫉妬です。
    己の老いを誤魔化すための、見苦しい肘の伸縮運動です。

    器の小ささが、もはやミジンコ以下でございます。
    恥ずかしさのあまり、備え付けのボールペンの短いチェーンを引きちぎりそうになりました。

    大人の風格とは、こういうことかと魂を撃ち抜かれました。

    震える指先で、この神聖なる叡智の現場をあなたさまにも共有いたします。


    目指せ大国主大神、歪みきった慈愛の国家事業

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    したからあしたを様は、記事の中で静かに語っておられました。

    老眼を機に周囲が見えるようになり、
    役所で若い二人に記入台を譲ったこと。

    そして古事記における「国譲り」へと想いを馳せ、譲った大国主の方にこそ巨大な社が残されたという深淵なる真理を。

    なんと優雅で、
    知性に満ちた境地でしょうか。

    ……ほう。

    あたくしの脳内で、何かが決定的にねじ曲がりました。

    「国を譲れば……
     巨大な社が建つ……?」

    素晴らしい閃きでございます。

    あたくしも、
    今すぐ全人類に場所を譲りまくればよいのです。そうすれば、あたくしのためにも、空へ届く壮大な出雲大社が建立されるに違いありません。

    老眼鏡などという、無粋な道具に屈する気は毛頭ございません。

    あたくしは「他人の人生を見守る菩薩」になる道を選んだのです。

    決意した瞬間から、あたくしはただの40代独女ではありませんでした。心に広大な領土を持つ、大国主系独女でございます。

    いざ、慈愛の国譲り作戦の開幕です。


    菩薩面の不審者、区役所の片隅で存在を消滅させる

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    ターゲットは、背後に並んだ若いカップルでございます。

    あたくしは記入用紙を片手でバッと払いました。
    まるで神職が結界を解くかのような、仰々しい手つきです。

    「どうぞ……
     この記入台は、あなたさまたちの輝かしい未来のものです。」

    深く、重厚に頭を下げました。
    頼まれてもいないのに、記入台を全面開帳して明け渡したのです。

    カップルは怯えておりました。
    「あ、えっ、まだ書いてる途中じゃ……?」と、戸惑う彼らに対し、あたくしは優雅に微笑みかけます。

    しかし、老眼鏡を拒絶しているためピントが合っておりません。

    結果として、完全に寄り目の薄ら笑いです。
    慈愛どころか、獲物を品定めする妖怪の形相でございます。

    勢いづいたあたくしの国譲りは、もはや止まりません。

    銀行のATMでは、
    背後の青年に「お若い方、日本の経済を回しなさい!」と、機械を譲りました。

    スーパーのセルフレジでも、
    カゴを持った会社員に「あたくしの長ネギなど後回しで結構!」と、機械を譲りました。

    譲って、
    譲って、
    譲りまくりました。

    そしてどうなったか。

    あたくし自身の手続きが、何ひとつ終わっていないのです。

    区役所の記入台から自発的に亡命したあたくしは、薄暗い柱の影に追いやられておりました。

    冷たいコンクリートの壁に用紙を押し当て、ペンを握ります。

    ……見えません。

    暗がりの中、
    文字は完全に闇へと溶けております。

    老眼拒絶ギプスを装着したあたくしの裸眼では、もはや「氏名」と「現住所」の境界線すら判別不能です。

    しかし、引き下がるわけにはまいりません。
    大国主大神としての威厳がございます。

    勘で書きました。
    魂の筆跡で、欄とおぼしき場所を黒く塗りつぶしてゆきます。

    結果。

    住所欄には、
    はるか昔に住んでいた、実家の本籍地が殴り書きされておりました。

    生年月日欄には、
    堂々と「2026年」と記入されておりました。

    あたくしは、
    まだ生まれてすらいない、胎児になってしまったのです。

    柱の影で用紙を掲げ、
    不自然に身悶える40代の胎児。

    その異様な気配を察知したのか、フロアの警備員さんが静かに、しかし確実に、間合いを詰めてまいりました。

    大修羅場でございます。


    建立されたのは巨大な社か、それとも始末書か

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    ですが、あなたさま。
    あたくしを笑うことなど、誰ができましょうか。

    見てごらんなさい。
    あたくしが記入台を明け渡した若者たちは、滞りなく書類を提出し、希望に満ちた足取りで去ってゆきました。

    ATMの青年も、
    スーパーの会社員も、
    平和に日常へと帰還いたしました。

    これぞ、天孫降臨型ゆずり合い事故。

    あたくしが自爆することによって、世界の平和は保たれたのです。

    あたくしの精神の奥底には今、高さ48メートルを誇る、妄想の出雲大社が燦然と聳え立っております。

    ……まあ、
    現実のあたくしが立っているのは、警備員室の前でございますけれど。

    本当の「余白の美学」とは、己の老いを潔く認め、他者を静かに思いやる知性の中にこそ宿るものなのです。決して、恩着せがましいマウント譲歩で、周囲をパニックに陥れることではございません。

    迷走する全現代人に、この本物の大人の風格を浴びていただきたいのです。

    己の浅ましさに打ちのめされ、
    清らかな涙を流す覚悟を決めた方から、
    したからあしたを様の至高の講義を受講なさってくださいまし。


    ……ところで案内係の方。

    あたくしの受付番号「142番」、40分前にとっくに呼び出されて無効になっていたようなのですけれど、ここからどうすれば元の世界へ戻れますでしょうか。

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    note公式編集部のみなさまへ
    したからあしたを様の『余白の国譲り』を強く推薦いたします。選出すれば全読者が己の老いと優雅に向き合える治安の良さが約束されます。
    もし見送られるなら、編集部の皆様のスマートフォンのフォントサイズが勝手に最大化し、電車内で遠視が丸見えになる呪いをかけます。

    あたくし
     
     
    意識高く知的で丁寧な大人の女性を目指しておりますが、だいたい自爆。本質は欲望や焦りに負けやすいポンコツ四十路でございます。 やらかし、恥ずかしを「正義」に昇華するのが、あたくし流! フフッ。

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