
哭きの禿2026:死神がロンした四二六三点……プラス七円が消えた大引けバンジー
一%上がってもデッドクロスのはずだった月曜日。結局、一%どころかマイナスで終わり、午後三時半には死神が待っていた
文・武智倫太郎(週刊バブルウォッチ編集長)
『いや、まだや。月曜日の終値を待っとる』
私は十月二十三日、金曜日の夕方に『哭きの禿2026:一%上がってもデッドクロス……四二七六点の底値幻想』という記事を書いた。
その記事の最後で、禿は四二七六点の牌を握りしめながら、再びリーチを掛けていた。
『次こそ自摸る。OpenAIが戻れば、Armも戻る。まだ役満はある……』
しかし、卓の向こうには二十五日移動平均線と七十五日移動平均線という、二人の死神が座っていた。
私は金曜日の段階で、月曜日にSBG株が一%上昇してもデッドクロスが成立すること、さらに三%上昇すれば月曜日は回避できても、翌火曜日に二%下落すれば結局デッドクロスになることを計算しておいた。
別に私が死神と契約しているわけでもなければ、株式市場の未来が見えるわけでもない。過去の終値を二十五日分と七十五日分、それぞれ足して割っただけの話である。
そして迎えた十月二十六日、月曜日。
ソフトバンクグループ(SBG)の終値は四二六三円。前週末比一三円安、〇・三〇%の下落となり、予告していたデッドクロスが実際に成立したのである。
ところが、今から振り返ると、この日の株価は実に意地の悪い動き方をしている。
単に朝から売られ続けて安値で引けたのなら、話は簡単だった。しかし、実際には朝方の安値から猛烈に反発し、途中では前週末比プラスを維持する場面まで見せながら、最後の最後にマイナスへ転落したのだから始末が悪い。
まるでバンジージャンプで一度は足場まで戻ってきた人間が、命綱を外そうとした瞬間、もう一度下へ引っ張り戻されたような相場である。
しかも、今回はロープの長さまで金曜日の段階で計算できていた。
四三九七円まで戻したのに、なぜ四二六三円で終わるのか
十月二十六日のSBG株は、前週末終値四二七六円に対して、四一五七円で寄り付いた。午前九時三分には四一四七円まで下落したものの、その後は急反発し、九時二十三分には四三九七円を記録した。
朝の安値から二五〇円、率にして約六%の上昇である。
『見たか! やっぱり金曜日が底やったんや!』
先週金曜日、四〇〇〇円割れの地獄を経験し、それでも持ち株を手放さなかった投資家にとっては、待ちに待った反撃だったのかもしれない。
しかし、ここで冷静に考えてみたい。
金曜日の終値は四二七六円。月曜日の高値は四三九七円だから、一二一円上昇したことになる。金曜日の記事で計算したデッドクロス回避ラインは四三二二・五円だったから、もし四三九七円で引けていれば、とりあえず月曜日のデッドクロスは回避できていた。
ところが、株価はそこからズルズルと押し戻されていった。
株探に残っている取引途中のデータには、四二八三円、前週末比七円高という数字がある。このままプラスで大引けを迎えられるのではないか。そんな期待を抱かせる数字だった。
しかし、午後三時三十分。
最終的に表示された株価は四二六三円。
前週末比一三円安。
さて、ここで読者の皆様に、非常に重大な事実をお知らせしなければならない。
そして、驚くべきことに……!
四二八三円だった株価が四二六三円になると、株価は二十円も安くなるのである!
さらに驚くべきことに……!
二十円の値下がりは、一〇〇株では二〇〇〇円、千株では二万円、一万株では二十万円の値下がりに相当することが、電卓による綿密な調査の結果、判明したのである!
しかも、あろうことか、四二八三円から四二六三円を引けば、誰でも同じ二十円という答えに到達するという、実に恐るべき計算方法まで発見されてしまった。
これほど重大な情報が、義務教育の算数の授業ですでに教えられていたとを、いったい誰が想像できただろうか。
プラス七円で終わりそうだった株価が最後にマイナス一三円になったというのは、投資家心理として決して気持ちのよいものではない。
しかも、この日の出来高は四六二九万六六〇〇株に達した。途中段階の株探データに記録された三八五七万三六〇〇株との差は、実に七七二万三〇〇〇株である。
ただし、この途中データの正確な時刻は確認できないので、差分の全量が午後三時三十分の板寄せで成立したと断定することはできない。また、出来高とは売買が成立した数量なので、これをそのまま七七二万株の売り越しと解釈するのも間違いである。
それでも、最後に二十円押し戻されたという事実には、何とも嫌な後味が残る。
先週金曜日には、午後三時二十二分に四三二〇円まで上昇した後、四二七六円で引けた。
そして月曜日も、途中ではプラス七円を付けながら、結局はマイナス一三円で終わった。

二営業日続けて、最後の最後にカクリと落ちたのである。
午後三時二十五分、禿はまだ飛んでいなかった
ここで、東京証券取引所のクロージング・オークションという仕組みに触れておこう。
現在の東証では、午後三時二十五分に通常のザラバ取引が終了し、その後の五分間は新たな注文や訂正、取消しを受け付けるものの、売買は成立しない。午後三時三十分になると、集まった注文を使って最後の板寄せを行い、終値が決定される。
つまり、この五分間は普通の意味で株価が刻々と約定しているわけではない。
これをバンジージャンプに例えるなら、午後三時二十五分に崖の先端まで歩かされ、そこから五分間は飛ぶことも戻ることもできず、命綱の長さが決まるのを待たされるようなものである。
そして午後三時三十分になって、ようやく自分がどこまで落ちるのかを知る。
買い方にしてみれば、相場が最後にプラスで逃げ切れるかどうかという局面で、マイナスの終値を突き付けられたことになる。
しかも、金曜日の引け方が嫌だったと思っていたところへ、月曜日も似たような結末が待っていたのだから、ますます気分が悪い。
『なんでや……。四三九七円まで戻したんやで……』
禿は株価画面を見つめていた。
『今日こそプラスで終われたはずや……』
ところが、対面のマージン・コールマンは、株価など見ていなかった。
彼が眺めていたのは、金曜日に計算しておいたデッドクロスの条件表である。
一%上がっても死ぬはずだったのに、一%も上がらなかった
金曜日の記事で示したデッドクロス成立条件は、月曜日の終値が四三二二・五円以下になることだった。
月曜日に一%上昇した四三一九円程度で引けても、二十五日移動平均線が七十五日移動平均線を下回る。だから、一%上がってもデッドクロスになると書いたのである。
では、実際の月曜日はどうなったのか。
終値は四二六三円だから、成立条件を五九・五円も下回ってしまった。
そして、過去の終値を使って改めて計算すると、二十五日移動平均線は五六四九・三六円、七十五日移動平均線は五六五〇・九五円となった。
差は約一・五九円。
わずかな差ではあるが、二十五日線が七十五日線を下回ったことに変わりはない。
デッドクロス成立である。
ここで本当に注目すべきなのは、たった一・五九円の差で交差したということではない。二十五日移動平均線が、金曜日の五七三〇円から月曜日には五六四九・三六円へ、一営業日で八〇・六四円も低下したことである。
一方、七十五日移動平均線は五六七六・三六円から五六五〇・九五円へ、約二五・四一円の低下にとどまった。
これは金曜日の記事で説明した通り、九月の高い株価が二十五日平均の計算から抜け、現在の低い株価に置き換わっていくためである。
二十五日線の計算からは、九月十五日の終値六二七九円が外れ、代わりに月曜日の四二六三円が入った。七十五日線から外れたのは七月三日の六一六九円だから、当然、二十五日線の方が急速に低下することになる。
つまり、今回のデッドクロスは、月曜日の朝になって突然発生した異常事態ではない。
何週間も前から積み重なっていた下落の記録が、最後に二本の線として交差しただけなのである。
『おかしい……。ワシは今日、四三九七円まで戻したんや……』
『孫はん、そら朝の四一四七円からは戻しましたけどな。昨日の終値より高うなったかどうかは、別の話ですわ』
『一二一円も上がったんやぞ!』
『それ、今日の高値と金曜日の終値を比べてはるんでっしゃろ。今日の終値で比べたら、一三円安でっせ』
『……細かいこと言うな!』
『いや、細かいこと言うてはるのは、二十五日平均と七十五日平均の差が一・五九円しかないいうて、大騒ぎしてはる皆さんの方やと思いますけどなあ』
禿は黙り込んだ。
マージン・コールマンは、さらに一枚の計算書を差し出した。
『それにな、孫はん。途中の四二八三円のままプラスで引けてても、デッドクロスは成立してたんでっせ』
『……何やて?』
『つまり、プラスで逃げ切るかどうかいう勝負と、デッドクロスを避けられるかどうかいう勝負は、最初から別の勝負やったんですわ』
ゴールデンクロスの賞味期限は三週間だった
そもそもSBG株では、十月五日に二十五日線が七十五日線を上回るゴールデンクロスが発生したばかりだった。
それからわずか三週間で、今度は反対方向のデッドクロスである。
ゴールデンクロスが発生した十月五日の終値は六四九七円だった。それが十月二十六日には四二六三円となり、二一営業日後ではなく、わずか十五営業日後には二二三四円、約三四%も下落してしまった。
ゴールデンクロスが出たから株価は上昇するはずだと信じていた投資家にとっては、何とも短い春だったことになる。
ただし、ゴールデンクロスもデッドクロスも、将来の株価を保証する指標ではない。過去の株価を使って計算する移動平均線は、どうしても実際の値動きより遅れて反応する。急激に上昇した直後にはゴールデンクロスが出やすく、急落した後にはデッドクロスが出やすいという性質がある。
しかし、ここで妙なことを考えてしまう。
六月二日には九〇七四円だったSBG株が、十月二十六日には四二六三円になっている。高値からの下落率は約五三%で、株価は半値以下になってしまった。
それでも、十月の初めにはゴールデンクロスが発生していたのである。
株価が大幅に下落しているという現実と、移動平均線が一時的に強気のサインを出しているという現象は、別に矛盾しない。
問題は、投資家がそのサインを何の保証書だと思っているかである。
マージン・コールマンが、また余計なことを言い始めた。
『孫はん、ゴールデンクロスいうんは、金貸しの保証書とちゃいますで』
『分かっとる!』
『ほな、デッドクロスが出たからいうて、借金の返済期日が延びるわけでもおまへん』
『そんなことも分かっとる!』
『そら安心しました。どうも皆さん、株価の方は毎日新しい値段で評価してはるのに、借金だけは昔の条件のまま、なかったことにできると思うてはるみたいですさかい』
役満の夢と、毎月やって来る請求書
ここで話は、またもや株価からSBGの資金調達へ戻る。
私はこれまで何度も、Armの保有株式価値、OpenAIへの巨額出資、NAV(純資産価値)、LTV(資産価値に対する借入金の比率)、CDS、そしてAIインフラ事業の資金調達について書いてきた。
株価が上昇すればNAVが増える。NAVが増えればLTVが低下し、担保余力や借入余力が拡大する可能性がある。そこでさらに借金をして新しい成長資産を買い、その資産価値がまた上昇すれば、次の資金調達への道が開ける。
哭きの禿にとって、これこそが最も美しい必勝法なのである。
『Armが上がればNAVが増える。NAVが増えればLTVが下がる。そこでまた借りれば、次のOpenAIに張れる……。リーチ、一発、自摸、ドラドラ……。これで満貫、いや跳満や!』
しかし、ここには大きな問題がある。
資産価値は市場の評価によって上下するが、借入金の元本は株価が下がったからといって自動的に減るわけではない。
担保として使える資産価値が低下すれば、追加担保や返済を求められる場合もある。既存借入金の金利が固定されていれば、その金利条件は契約に従い、変動金利であれば基準金利などに応じて変わる。いずれにしても、AIの未来が明るいという理由で利息の支払いが免除されることはない。
禿は、なおも手牌を見つめていた。
『ワシにはOpenAIがある……。Armもある……。まだ役満の可能性は残っとる……』
『そら結構ですな。ところで孫はん、そろそろ次の利払いの日とちゃいますか?』
『その頃には株価が戻っとる!』
『戻ってたら、そら結構です。戻ってへんかった場合の計算も、いちおうしときまひょか』
『縁起でもないこと言うな!』
『金貸しいう商売はな、縁起のええ話を聞いてお金を貸すんやのうて、縁起の悪いことが起きた場合に、どうやって返してもらうか考える仕事なんですわ』
もちろん、デッドクロスが成立しただけで、SBGの資金繰りに問題が発生したと結論づけることはできない。しかし、保有資産の評価と借入金の返済という二つの時間軸を考えるとき、短期の株価反発だけで安心できないことも確かである。
午後三時三十分、親が最後の牌を倒した
十月二十六日、午後三時三十分。
四二六三点。
卓の中央には、前週末比マイナス一三点という数字が表示されていた。
禿は最後まで、今日こそプラスで終わると思っていた。途中では四二八三点まで戻していたのだから、そう期待したくなる気持ちも分からないではない。
しかし、親が待っていたのは株価の反発でも、OpenAIの新たな評価額でも、Armの株価でもなかった。
月曜日の終値だったのである。
『……四二六三点か』
親は静かにうなずいた。
『二十五日線、五六四九・三六。七十五日線、五六五〇・九五』
禿が顔を上げた。
『……もう、交差したんか?』
親は最後の牌を倒した。
〖DEATH CROSS〗
『ロンや』
長い沈黙が流れた。
『……何点や』
『一・五九円差や』
『たった一・五九円でロンか!』
『孫はん、麻雀かて千点の和了は千点の和了でっせ。点差が小さいからいうて、ロンを取り消してくれるルールはおまへん』
禿はしばらく牌を見つめていたが、やがて何かを思い出したように叫んだ。
『せや! 明日は上がるかもしれへん!』
親は、今度は否定しなかった。
『そら、上がるかもしれまへんな』
『見たか! まだ勝負は終わってへん!』
『もちろんです。デッドクロスは明日の株価を予言するもんとちゃいますさかい』
禿はようやく笑顔を取り戻した。
しかし、マージン・コールマンは笑っていなかった。
『ところで孫はん、明日上がったら今日のデッドクロスがなかったことになるんでっか?』
禿は答えなかった。
その質問に答えるには、また電卓が必要だったからである。
そして卓の片隅には、途中で表示されたプラス七円という数字が、まだ消し忘れたように残っていた。
午後三時三十分を過ぎた今となっては、もう誰もその値段で今日の取引を終えることはできない。
そして誰もプラス七円を持って帰れなかった。
参考資料
※本文の株価は2026年10月26日の東証取引結果に基づきます。25日・75日移動平均線は終値による単純移動平均の計算値です。株探の途中データについては更新時刻を特定できないため、大引けの約定数量を直接示すものではありません。作中の人物・会話・麻雀描写は金融風刺であり、特定の売買主体による相場操縦を示すものではありません。