
9月は接吻してってば【アマノ文筆クラブ】
テーブルの上に、一枚のパンフレットが置いてあった。
鳥取バスツアー。
表紙には、大きくこう書かれている。
『9月は接吻してってば』
「……これ、何かね?」
ばあさんがパンフレットを手に取った。
「鳥取のミステリーバスツアーじゃ」
じいさんが得意げに言った。
「接吻って……」
ばあさんが眉をひそめた。
「ずいぶん、ハレンチね」
「ばあさん、二人で行ってみないか」
「え?」
じいさんは、いたって真面目な顔をしている。
「鳥取じゃぞ。いいところじゃ」
「こんなハレンチなのに?」
「このパンフレットを見たら、また、夜が何か言いそうだけど……」
「大丈夫じゃ」
じいさんは胸を張った。
「鳥取は、あだち充の名作『タッチ』のタッちゃんが南ちゃんに告白した場所じゃ」
「……そうなの?」
「そうじゃ。これなら、夜もむしろ賛成してくれるじゃろ」
そして、もう一度、真面目な顔で言った。
「北倉悟信は、世界中の誰よりも北倉雨子を愛しています」
「……急に何言ってるのよ」
ばあさんは呆れたように笑った。
「でも、行ってみようかね」
出発の日。
二人はバスに乗った。
ところが、いざ乗ってみると……
「……若い人ばっかりね」
ばあさんが小声で言った。
前も後ろも若いカップル。
どう見ても、じいさんとばあさんは浮いている。
「わたしら、場違いだったかしらね?」
「何十年振りの二人だけの旅行じゃ。
先はそう長くないから、ええじゃないか」
じいさんは満足そうだった。
やがてバスは、二十世紀梨狩りの農園に到着した。
「……梨狩り?」
ばあさんがパンフレットを見る。
「そうじゃ」
「接吻は?」
「これからじゃろ」
スタッフが説明する。
二十世紀梨を一個、二人の間に挟む。
そして、そのまま顔を近づけて――接吻。
その瞬間を、写真に撮るのだという。
「……嫌よ」
ばあさんが言った。
「みんなやっとるぞ」
「若い人たちだからでしょ」
「わしらも夫婦じゃ」
「それはそうだけど……」
周りでは、若いカップルたちが楽しそうに写真を撮っている。
「ほら」
じいさんが梨を持った。
「……もう、しょうがないわね」
二人は梨を挟んだ。
少しずつ顔を近づける。
「ちょっと、あなた」
「なんじゃ」
「近い」
「接吻するんじゃから、近くなるじゃろ」
「……もう」
カシャッ。
シャッターが切られた。
二人は恥ずかしそうに顔を離した。
「終わった?」
「終わりじゃ」
梨が入った袋を嬉しそうに抱える二人。
受付に戻ると、スタッフが何かを手渡してくれた。
「……何これ?」
「写真じゃ」
「写真って……」
そこには、
梨を挟んで接吻する二人の姿が、しっかり写っていた。
しかも――
アクリルスタンドになっている。
「……こんなの、どうするのよ」
ばあさんが呟いた。
さらに、その横には小さな袋。
開けてみると、
同じ写真が入った小さなストラップまで付いていた。
「夜には見せないでよ」
ばあさんが念を押した。
「なんでじゃ」
「絶対、ハレンチって言われるから」
「そうかのう」
じいさんは笑った。
それからしばらくして。
夕飯を終え、自分の部屋へ戻ろうとした夜は、二人の部屋の棚に見慣れないものが飾られているのに気づいた。
「ハレンチッ」
そう呟いてアクリルスタンドを手にした夜は、微笑んだ。
二人のバッグには、あの日の写真のストラップが、それぞれ揺れていた。
(終)
北倉家の孫、北倉夜が何者かがこちらでわかります😊↓↓↓
甘野 充さんのお題『9月は接吻してってば』に参加させていただきました。
いつもありがとうございます😊
#アマノ文筆クラブ #9月は接吻してってば
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