
「今日の注目記事」に選ばれて気づいた、文章を書く意味
先日公開した「香川・岡山編(直島・豊島・犬島)」の建築巡り記事が、noteの「今日の注目記事」に選ばれました。

その結果、当アカウント比で驚くほど多くの「スキ」をいただき、これまでの記事の中で最も反響の大きいものとなりました。読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
「どうすれば選ばれるのか?」というノウハウを書ければ有益なのでしょうが、私自身まったくわかっていません(笑)。ただ、この予想外の出来事を経て、「なぜ私は忙しい日々の合間を縫って、わざわざ文章を書いているのか」について、改めて輪郭がはっきりした気がします。
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見てほしい、ではなく、遺したい
結論から言うと、私はただ好きで書いているだけなのです。
誰かに「見てほしい」「バズりたい」という承認欲求よりも、自分専用の思い出箱をつくるように、記録や思考を「遺す(のこす)」という意識が根底にあります。
名建築を訪れて感じた光や影の美しさ。設計という仕事を通じて直面する、資本主義の理不尽さや葛藤。そうした生々しい感情や体験は、放っておけば日々の忙しさの中に埋もれ、やがて忘れ去られてしまいます。
自分が何を見て、何を考えたのか。それを忘れないために、自分自身に向けて書き記しているのが、このnoteという場所です。
思考を「吐き出さない」ことのもったいなさ
人は生きているだけで、本当にいろいろなことを考えます。 特に建築設計という、社会や環境、人と密接に関わる仕事をしていると、日々思考の連続です。
これだけ自分の考えを世に出す媒体(SNSやブログ)が無料で揃っている現代において、頭の中に浮かんだ感情や考察をどこにも「吐き出さない」というのは、純粋に「もったいない」と思うようになりました。
形にして外に出すことで、思考は整理され、自分の中で確固たる「視点」へと変わります。だから私は、備忘録として、あるいは未来の自分への手紙として、文章を書き続けているのです。

自分の思い出箱が、誰かに届くという奇跡
自分のために作っている、ただの個人的な思い出箱。 しかし、それをインターネットという海にそっと置いておいた結果、今回のように興味を持ってくれた誰かに届くことがあります。
自分の内面を吐き出しただけの記録が、見ず知らずの誰かの心を動かし、共感を生み、あるいは次の週末の旅行のきっかけになる。これは、大勢に向けて緻密にマーケティングをしてバズを狙うよりも、はるかに嬉しく、奇跡のようなことだと感じています。
これからも、マイペースに
私のスタンスが変わることはありません。 スキの数やアルゴリズムに振り回されることなく、ただ自分が遺したいものを、自分専用の思い出箱にコツコツとしまっていくだけです。
もしあなたが日々の生活で何かを感じ、考えているのなら、チラシの裏でもSNSでもいいので、外に「吐き出して」みませんか。
誰かのためではない、あなたのための記録が、いつか思いがけない形で誰かの心に届く日が来るかもしれません。
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