
やりたいことが多すぎる、爆速で過ぎゆく人生は本当に幸せなのか?
ふとカレンダーを見ると、2026年もすでに4分の1が終わりを迎えました。
あまりの時間の早さに、少し恐ろしい気分になりました。
今の私は毎日がとんでもない速さで過ぎていく感覚の中にいます。それは、日々が「やりたいこと」で溢れかえっているからです。しかし、このスピード感のまま人生を駆け抜けることは、果たして本当に幸せなのでしょうか。
強欲すぎる日々と、過ぎ去る時間の正体
一級建築士として、ボスから複数の案件を任せてもらえるようになりました。後輩の図面をチェックし、条例対応や外注先への指示を出し、事務所全体のプロジェクトを俯瞰する。自分でコントロールできる裁量が広がり、仕事は文句なしに忙しく、そして楽しいです。
一方でプライベートも全く妥協できません。妻と遊びに行きたいし、資産形成や副業や、このnote執筆も頑張りたい。休日は名建築を見に行き、本を読み、節約と健康のために自炊をする。さらにはFPや簿記の資格勉強、筋トレ、YouTube、それに『ワンピース』と『キングダム』の最新話も追いたいし、何よりたっぷり寝たい……。
我ながら、なんと強欲な人間なのでしょうか(笑)。
1日は24時間しかないので、必死に隙間時間を見つけては予定を詰め込んでいます。

「楽しみを待つ時間」と
「楽しみの中にいる時間」
なぜ、こんなにも時間が早く過ぎるのか。 とある大好きな元芸能人の方が、かつてこんな話をしていました。
「人生は『楽しみを待っている時』は長く感じ、『楽しみの中にいる時』はあっという間に過ぎていく」
思い返せばその通りです。子どもの頃、「あと3日で遠足だ!」と指折り数えていた時間は果てしなく長く感じました。学生時代、バイト終わりにサークルの飲み会が控えている日のシフトは、時計の針が止まっているかと思うほど長かったはずです。
そしていざ楽しい時間を迎えると、それは一瞬で終わってしまいます。2週間の海外旅行に行っても、最初の1週間は「まだこんなに楽しみが残っている!」とワクワクするのに、残り3日になると「もう終わるのか……」と急に寂しくなるあの感覚です。
つまり、今の私が感じる「毎日が爆速で過ぎる」原因は、仕事もプライベートもひっくるめて、忙しい日々の要素すべてが苦痛ではなく「楽しみ」になっているからです。
資本主義社会における
「ゆっくり生きる」ための条件
楽しみの中にいて、あっという間に時間が過ぎていく。それは間違いなく幸せな状態です。 しかし、この「爆速の消費」だけで人生が終わってしまうのも、どこか味気ない気がします。
いつかどこかで、遠足の前の日のように「何か楽しみを待って、少しゆっくり生きていく」、そんな転換点が訪れてほしいと願う自分がいます。
一気に現実的な話になりますが、その「ゆっくりとした時間」を作ってくれるものの正体は、十中八九「お金(金銭的余裕)」です。
資本主義社会に生きている以上、労働から解放され、時間を自分のペースでコントロールするための切符は、資本を持つことでしか手に入りません。その呪縛からは、決して逃れられないのです。
だからこそ、私は今日も爆速の日常を駆け抜けながら、隙間時間で資産形成を学び、副業を続けます。
いつか「楽しみをゆっくり待つ贅沢」を買い取るために。
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いつか「楽しみをゆっくり待つ贅沢」を手に入れるため、私は今日も働き、学び、資産形成を続けています。
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