
負ける勇気を持って勝ちに行け
このタイトルは、私が尊敬するRIZINのCEO、榊原信之氏の著書からそのまま引用させていただいた言葉です。
この言葉を反芻するたび、私はかつて経験した、泥を這いずるような日々を思い出します。
※【RIZIN】:ざっくり言うと日本の格闘技団体で、有名な選手だと朝倉未来選手などが所属する団体です。K-1とは別です。
設計事務所という世界に身を置き、圧倒的な仕事量に押しつぶされそうになって、「もうダメだ、これ以上は一歩も動けない」と何度思ったか分かりません。
結婚する前の私は、自宅と職場を隔てる片道10キロの道のりを、毎日自転車で通っていました。
強烈なアップダウンが続く坂道で足がもげそうになっても、若手ゆえの薄給から少しでも交通費を節約するために、往復20キロ、計1時間20分ひたすらペダルを漕ぎ続けました。
どしゃ降りの雨の日も、立っているだけで体力が奪われる酷暑の日も、手足の感覚がなくなる凍える冬の日も。ほぼ寝ていない身体に鞭を打ち、真っ暗な夜道を一人、自転車を走らせたのが懐かしいです。

自転車なら通れました(撮影:筆者)
忙しい時期は、朝の9時に会社に着いて深夜の2時頃まで働くのが当たり前でした。それから1時間かけて自転車で帰宅し、泥のように眠り、また数時間後にはペダルを漕いでいる。
そんな生活の、ほんの少し仕事が落ち着いたわずかな隙間を縫って一級建築士の勉強をしていました。
あの頃の私の頭の中は、今振り返れば極めて殺伐としていました。

という感情になっていました。
(撮影:筆者)
常に「死ぬか、生き残るか」という極限状態に自分を置いていたのです。
「絶対にこんなところで終わらせない、ふざけるな、何が何でも自分だけは生き残ってやる、かかってこい」と、世界中のすべてを敵に回すような、攻撃的な思考で自分を鼓舞し続けました。
笑い事に聞こえるかもしれませんが、ここには一切の誇張がありません。
それくらい尖った、ある種の狂気を帯びたメンタルを持たなければ、物理的にも精神的にも到底耐えられない環境だったのです。
しかし、その内側に黒く煮えたぎるような怒りと反骨心は、どんな高性能なエンジンにも引けを取らない、凄まじい馬力を持っていました。
私がアトリエという過酷な世界で今も生き残れているのは、間違いなく、このメンタルで戦い抜いてきた自負があるからです。
あの時の地獄のような日々を耐え抜いたという事実が、今の私を支える揺るぎない土台となっています。
「負ける勇気を持って勝ちに行く」
それは決して、玉砕覚悟で無防備に死地に飛び込むという意味ではありません。
相手の圧倒的な力にぶっ飛ばされるかもしれないという恐怖を、正面から受け入れる勇気。その上で、最後には必ず立ち上がり、絶対に相手をぶっ飛ばして勝つという強烈な覚悟を持つことです。
そんな怒涛の日々を乗り越えてきたからこそ、今の私があります。

日常という名の戦いは、自ら降りない限り続いていきます。
これからも私は、あの時に宿した煮えたぎるような覚悟を胸に、目の前の仕事へと全力で立ち向かっていくつもりです。
負けることを恐れず、しかし最後には必ず勝利を掴み取る。
そんな生き方を、これからも繰り返していきたいと思っています。
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