
漫画の修行編は好きなのに…ホワイトと怠惰の境界線
ブラック企業や理不尽な長時間労働は、撲滅されるべき。
それは大前提として、あえて一旦置いときます。
というのも、最近の過剰な「負荷の排除」を求める風潮を見ていると、
人間の成長そのものに
制限をかけてしまっているのではないか?
と思ってしまうのです。
ジャンプ漫画の主人公が泥水にまみれて強くなる「修行編」が大好きな人、多いと思います。
(好きですよね…?)
しかし、こと自分の現実となると、途端にその修行を嫌がる。
何の努力もせずに最初から最強の能力を手に入れている「なろう系小説」のような展開を夢見てしまう。
一体なぜなのでしょう。
少しマニアックになりますが、有名な漫画の
『HUNTER×HUNTER』からお話しさせてください。
私も多分に漏れず大好きで何度も通して読んでいますが、あの作品の「念修行」が始まった時の面白さは半端ではありません。
天空闘技場で基礎の基礎から始まり、少しずつ才能を開花させていくワクワク感。
グリードアイランド編で師匠・ビスケに出会い、今までとは比べ物にならない細やかさで修行が進み、「念」という概念の奥深さに引き込まれる没入感。
そしてキメラアント編では、到底敵わないレベルの理不尽との対峙が描かれます。
修行をしても必ずうまくいくとは限らない。それでも、絶望的な状況の中でできる限りのことを精一杯努力する。
圧倒的なファンタジーの中に、締め付けられるようなリアリティが混じるからこそ、どうしようもなく惹きつけられるのです。
さらには、
「これで終わってもいい」
とまで覚悟を決める壮絶な『制約と誓約』によるパワーアップ。
現実の仕事でそこまで命を懸ける必要はありませんが、たとえしんどくても、押し寄せるタスクを薙ぎ倒し、スケジュールに間に合うよう全力でペダルを漕ぎ続ける。
ときには徹夜をしてでもやり切る。
実務の世界にも、そうやって限界を突破しなければならない修羅場は確実に存在します。
現実の世界には、修行の先にわかりやすい敵がいるわけでも、努力が必ず報われる保証もありません。それが幸せに直結するとも限らない。
それでも、もがき苦しんで努力した先の未来くらいは、あなた自身が信じてあげてもいいのではないでしょうか。
そう思えば、現実の「修行編」も決して悪くないはずです。

世界は、あなたを幸せにするためには動いてくれません。
自分が幸せを掴みに行かなければ、決して訪れないものがあると思っています。無理に戦えとは言いませんが、環境に甘えているだけでは何も変わらないことだけは事実です。
ホワイト企業という言葉の定義も、まさにこの部分が歪んできているように感じます。
本当のホワイトとは、限られた時間の中で「厳しく、極めて効率よく」働くからこそ、定時でスッと帰れる環境のことです。
それなのに、自分の能力を上げるための積み重ねは拒否し、ダラダラと終わらない仕事を放置したまま「時間だから」と帰り、利益ももたらさないのに権利と給料だけは一丁前に主張する。
それはホワイトではなく、単なる怠惰です。
仕事ができないのを環境のせいにし、怠けた結果として後々自分がしんどくなっているだけなのに、それを「会社がブラックだから」というのは逃げにも聞こえます。

昨今、若手の「ホワイト離職」が増えているという話を聞いたことがあります。
残業もなく、誰も怒らないゆるすぎる環境に置かれた若手が、
「ここでは成長できない」
「他社で通用しなくなる」
という強烈な危機感を抱いて会社を去っていく現象です。
彼らは本能的に気づいているのだと思います。
何でもかんでも楽な方へ流れ、傷つくことを避けた先にあるのは、プロフェッショナルとしての自分の市場価値の崩壊である、という事実に。
どんな世界にも、効率のいいショートカットなど存在しません。
理不尽な暴力や搾取には絶対に抗うべきですが、自分の腕を磨くための「正当な負荷(修行)」から逃げてはいけないでしょう。

もちろん、全員が私と同じような極端な道を選ぶ必要は全くありません。
ただ、正直に言えば、私自身その修羅場のど真ん中に居続けている自覚はあります。
どうしても、深夜まで働いてしまうようなタイミングがあります。
人生を生きるために働いているのか、働くために生きているのか、そんな判断すら脳内でする余裕もなく、ただ「働いていれば他に何も考えずに済む」という地獄。
……「そんなに辛いなら辞めればいいじゃん」と思われるでしょうし、間違いなくその通りです。
それでも私が辞めないのは、それを乗り越えた先にある「自分の引いた線が空間として現実に立ち上がる瞬間の景色」を知ってしまっているからです。
この会社にいる以上、私はこれを自ら選んでいます。
いうなれば、これはプロとして空間を立ち上げるための「制約と誓約」であり、私なりの修行編だと信じているのです。
本当の意味でのホワイト環境と、ただの怠惰の境界線を見直すことも、自分の成長につながると思う次第です。
p.s.
SNSやnoteで漫画の画像をよく見かけますが、あれって誰でも使っていいものなのでしょうか…? 図面の権利を扱う職業柄、どうしても他人の著作物には敏感になってしまいます。
ほんとは写真使いたいですけどね(笑)引き続き自分の足で撮った写真だけでやってこうと思います。
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