
終わりのない図面と消える料理、脳を癒す一発勝負の快感
毎週日曜のまとまった時間、妻と並んでキッチンに立ち、1週間分の作り置きを黙々と仕込む。
日々の設計実務から離れ、ただ目の前の野菜を切り、肉を焼く。
この料理という行為についてボーッと考えていたのですが、料理って、実はものすごく特殊で面白い創作行為だと思いませんか。
私が仕事にしている建築という創作は、図面作成から、現場での工事、完成してお施主様に味わっていただくまでに、短くても1年以上という時間がかかります。
一方、料理はどうでしょう。材料を検討し、カットして火を入れて、お皿に盛り付けて食べる。この一連の創作サイクルが、わずか数十分から数時間で完結してしまうのです。
当たり前ですが、料理にはパソコン作業の特権である「Ctrl+Z」が存在しません。図面ならいくらでも修正できますが、焦げた玉ねぎを白い状態に戻すことはできません。コピー&ペーストで楽をすることも、一時保存して明日考えることもできない、生の食材を相手にしたやり直しのきかない一発勝負のライブ感がそこにはあります。
そして、「料理とは化学だ」という定説が、私が料理を好きな理由の一つでもあります。
例えば、ステーキを焼くとき。 「中火で各面を30秒くらい焼く」と「焼いた分数だけ休ませる」という工程を3回ほど繰り返し、ミディアムレアより少し火が入った状態を狙います。中が赤いというより外がガリっとなってる方が好きなんですよね。
火から下ろして休ませることで、外側の熱をじんわりと中心に伝播させる。料理の曖昧な勘やセンスに頼るのではなく、秒数という絶対的な指標で逆算すれば、誰がやっても美味しいものができる。この原理原則に基づいた化学的なアプローチは、経験則を凌駕する部分があります。
…本当にただ、「週末の作り置きっていい気分転換になるし、ステーキって誰でも美味しく焼けるんだよ」という話ですが、いまいちど言葉にするとその面白さが私の中で浮かび上がりました。
絶対に戻れない時間の中で、数値と原理に基づいて火加減や塩梅をコントロールする。そして、出来上がった料理を食べると、跡形もなく消え去る。
形として残り続ける建築をつくっている私にとって、この即作成して即消費するというサイクルは、まったく違う脳みその部位を使う素敵なリフレッシュになっているのです。
ちなみに一発勝負の快楽とかいうとギャンブルなんかが思い浮かびますが私はパチンコも競馬もやったことないです。
小学生の頃に父親が競馬で勝ったお金でWii(なつかしい)を買ってもらったのが私とギャンブルの唯一の接点です。
どうでもいいですね。とりあえずギャンブルではなく料理を楽しめる誠実な人間であることをアピールして終わります。
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